1-3
雄介は割と小さいうちからよく出来た。
両親とも教師、という境遇とも関係していたのかもしれないが小・中を通じて学年ではトップを争い、近隣ではトップの県立高校に進学した。
運動神経も中々のもので、身長もあるので中・高ではバスケ部で活躍していた。
麻衣はそんな兄がいつも自慢だった。
進学校だったので部活は二年で引退するのが常だったが、その兄が二年生の夏の大会、インターハイ予選で準々決勝まで勝ち上がった。
その時麻衣は五年生、友達と連れ立って応援に行った。
相手の高校はスポーツ全般に強豪として知られる高校、勿論レギュラーは三年生中心だった、地力の差、経験の差で押し切られはしたものの、兄の活躍で中々善戦したものだった。
トップクラスの進学校、スポーツも出来、背も高く中々のハンサム。
五年生ともなれば男の子に興味を持つ年頃、廻りの友達の目がことごとくハートになっているのを見た時、麻衣も気付いた。
「お兄ちゃんって……すごく素敵……」
物心付いた時から何くれとなく面倒を見てくれた極めて身近な存在だった兄が、俄然輝き出し、眩しく見え始めた……。
その大会を最後に兄は受験勉強に励み、見事一流大学に合格して東京に出て行った。
田舎町で暮らす少女、麻衣にとって兄は身近でありながら憧れの存在にもなっていた。
そして今、受験案内の表紙や塾のチラシなどをしばしば飾る並木道を目の当たりにして、麻衣は改めて兄に憧れに近い感情を覚えた。
「行くよ、麻衣、アパートは駅の反対側だ、7〜8分歩くよ」
「うん、お兄ちゃん、昔みたいに手を繋いでも良い?」
「だめ」
「え〜」
「こうするものさ」
雄介が肘を軽く曲げて突き出す。
「わ、オトナっぽい」
麻衣は手を添えるのではなく、しがみついてきた。
胸が肘に強く押し付けられた。
雄介の中ではついさっきまで麻衣は子供だった、それがレストランで成長を目の当たりにし、今、その証の柔らかい感触……、雄介の鼓動は少し早くなり、下半身に熱い物を感じた。
(いかんいかん……妹じゃないか)
自分に言い聞かし、麻衣に兄らしく優しい視線を送った。
「割と奇麗にしてるのね」
実際、兄の部屋が散らかっていることなどなかったのでそんなに汚いはずはないと思ってはいたが、男子学生のアパートにしてはよく片付いている。
「まあ、家でメシ作ることもあんまりないしね、それに麻衣が泊まるって言うから掃除もしておいたよ」
「これがお兄ちゃんのベッドね」
麻衣は無邪気なふりでベッドに身を投げ出した。
ちゃんと整えられてはいるが……女の子の間では感じられない、男の匂いがかすかにする。
「まあ、二晩は麻衣にそれは譲るよ」
「お兄ちゃんは?」
「床に布団を敷くさ、いや、実を言うと布団はないんだ、クッションかき集めて寝るよ、いや、これが冬なら泊めてやれないな」
「あたしが床で良いよ」
「そうは行かないよ、女の子を床に寝かせて自分がベッドで寝るわけには行かないさ」
「優しいのね、お兄ちゃん大好き」
「何を言ってるんだか、マナーだよマナー、それより汗をかいただろ? シャワーを浴びて来いよ」
「うん、でもお兄ちゃん先で良いよ、荷物解かなくちゃいけないから」
「そう? じゃ、ぱっと浴びてきちゃうかな」
本当は「解く」という作業が必要なほどの荷物はない、夏のことなので衣類は少ないし、この日を楽しみにしていたので二日目はこれ、三日目はこれ、と仕分けして詰めてあるのだ、下着やパジャマもきちんと袋詰めにしてある。
(ふう……もうちょっと色っぽいのを持ってれば良かったのに……)
今晩の為に用意してきたパジャマはごく当たり前の水玉のもの、全然色っぽくないし柄も子供っぽい、せっかく『女らしくなった』と言われたのに……。
パジャマを手にして溜息をついているうちに兄が出てきてしまった。
「早いね」
「そう? こんなもんさ、湯船小さいし夏だからシャワーだけで良いだろ?」
「うん、いいよ」
「まあ、ちょっとは急いだかな? 早く入っておいで、何か飲み物用意しておくからさ」
「うん、行ってくる」
ちょっと残念なパジャマを携えてバスルームに入る。
家の風呂とは随分違う、かなり狭い上に洗面も兼ねたFRP製のユニットバス、しかし麻衣の目にはそれも都会っぽく映る。
狭いバスルームには湯気が立ち込めていて温度も高い、麻衣にはそれが兄の体温の様に感じられた……。