第三話-19
「あんたは、今の内に食事だよ。」
由美は、傍らに置かれたスーパーの袋から、弁当とお茶を取り出した。
「──その手を解く訳にはいかないから、私が食べさせてあげる。」
そう言うと、一口分ずつを史乃の口許に運び、史乃は、大きく口を開け、運ばれてきた物を咀嚼し、飲み込んでいった。
そして時折、自由の利かない両手に握らされたペットボトルのお茶を、喉に流し込んだ。
「ご、ごちそうさま……。」
本日未明のカレーうどん以来、水さえ与えられなかった史乃は、ようやく得た食べ物を僅か十分ほどで平らげてしまった。
食事を終えた史乃は、由美に向かって言った。
「由美。食べさせてくれて、ありがとう。」
由美は一瞬、驚いた様子だったが、すぐに憎悪の眼で史乃を睨んだ。
「当たり前じゃない。あんたは人質なんだから、死なれちゃ困るのよ。」
「あなた、あんな目に遇わされる男と一緒にいて、本当に幸せなの?」
史乃の真っ直ぐな眼に、由美の心は動揺を隠せない。
「も、もちろん!幸せよ。」
「さっき、あなたがお風呂の準備をしている時、金城は私の身体に触ってきたわ。こんな状況で、そんな事を考えている男よ。
身代金を手にしたら、必ず、あなたを裏切るに決まってる。」
誘拐した側とされた側という垣根を超越し、元の友人としての忠告だった。が、由美は二度、三度と首を横に振り、史乃の言葉をさえぎった。
「私には、あの人しかいないの。この街で唯一、優しく接してくれた人だから。」
「だから、それは──。」
史乃が言い掛けた時、廊下の向こうでドアの開く音がする。金城が、風呂を終えたのだ。
「もう金輪際、その話はしないで。」
由美は、そう言うと、部屋を出ていった。