A-2
過去に付き合った女たち──。中には、俺との家庭を夢見る女もいたが、それも長くて数ヶ月、最短なら一週間で“俺の本性”を見抜いてしまうと、有無もなく去っていった。
優柔不断な態度を取るばかりで、その上、知らずゝに彼女達の見せる仕種を亜紀と比べてしまい、違いを見付ける度に苛立ちを表していては、いずれ訪れるのが別離でしかないのは当然だ。
こんな、狭い心根の持ち主が結婚なんて、一生、無理な話だと自分でも思う。
「──結局、お互い、三十歳も近い歳を迎えたと言うのに、子供の頃から変わらない“姉ちゃん子”の俺が、全ての元凶と言う事だな。」
眠気で不明瞭な頭の中に、ようやく結論らしきものが出る。すると、それを待っていたかのように、渋滞が緩み始めた。
「こうなると、たまの渋滞も良いものに思えると言うものだ。」
進み始めた車に合わせて、少しだけアクセル・ペダルを踏みつける。ラジオのスイッチを入れると、聞き馴染みのパーソナリティーが放つ、早口で明瞭な声が車内に響き渡った。
ハンドルを左に切り、幹線道路を降りて横路に入ると、後、少しで会社だ。
昨夜から燻り続けていた心のモヤモヤが、少しは晴れた気がした。
「お、おはようございます。」
我が営業部が占有する二階に到着したのは、始業三分前。部屋に入ると、営業全員の目が俺を捉えと思った次の瞬間、先輩や同僚が一斉に、「余程、楽しい休日だったんだな!」や、「今朝は随分と重役出勤だな!」等と、囃し立てて来た。
別に遅刻した訳じゃない。
営業部では始業前、その日の取り決めや方針を全員に通達するブリーフィングが行われる。特に、休日明けは長くなり易く、始業十五分前位に出社するのが暗黙の了解となっていた。
新入社員なら未だしも、入社十年を迎えようかという俺が始業直前に出社すれば、皮肉混じりの叱咤を浴びせられるのも、至極、当然だとして、やり過ごす以外にない。
「以上だ──。」
五分程でブリーフィングは終わり、各々が自分のデスクへと散って行く。俺も、休日明けの営業前に必要なルーティンをこなすべく、自分のデスクに向かおうとしたところ、後ろから歩みを遮るような声がした。
「珍しいですね。先輩が遅れるなんて。」
我が、相棒で後輩の吉川だ。
「ああ、失敗したよ。ちょっとの差で渋滞に巻き込まれてしまってな。」
「余程、楽しい休日だったようですねぇ。」
「う〜るせえなぁ。」
嫌味ったらしい口ぶりとニヤケ面が相まって、しゃくに障る奴だ。
俺は心の中で「お前の想い人が、俺のアパートを直接、訪ねて来たんだよ!」と、吐き出したい衝動に駆られた。が、こんな奴でも相棒であり、可愛い後輩には違いない。今回は喉の奥でしまっておく事にしておこう。
未だ、胸の内を告げられない吉川へ、わざわざ俺が引導を渡してやるような事をするのは、余計なお節介と言うもので、自らの力で(長岡が既婚者だという)事実を掴み、心の整理をどうつけるかが重要だと思う。
もしも、俺に出番が巡って来るとすれば、それは失恋した後輩のヤケ酒に、付き合ってやる事ぐらいしかない。