女体妖しく夢現(ゆめうつつ)-1
私は真山聡、今年48歳になる。48歳といえば働き盛り、実際、会社では課長職で日々仕事に追われる毎日を過ごしている。しかし、充実しているようでも人生は半ばを過ぎている。いろいろな意味で人生を振り返り、ふと溜息をつく年齢でもあるように思う。その「溜息」の中には、後悔もあり、酔いしれる思い出もあり、いまだ消えない女の熱い吐息も残っている。さまざまな出会い、絡みが記憶の流れに見え隠れしていた。
私が女を単なる性別ではなく、性の対象として意識するようになったのは13歳になった頃からだった。
私の家は母子家庭だった。当時、母はスナックを経営していて、その2階が住まいになっていた。父は私が幼いころに病死していて記憶にはない。
店を開いたのはいつ頃のことなのか、訊いたことはなかった。物心ついた頃にはそこが「家」だった。
6畳2間とダイニングキッチン、風呂とトイレは付いていたが、狭いところだったと憶えている。
物がやたらと多かった。母親が片づけが苦手だったせいもあるが、ホステスの着替え場所でもあったので衣装や私物が常にあったからでもある。
長く勤めるホステスは少なかったように思う。出入りはかなり頻繁だった。慣れた顔がいつの間にか見なくなったと思ったら、
「聡君っていうの?よろしくね」
知らない顔が微笑みかけてきたりした。何人もの女が私の前に現れ、消えていった。
常に4、5人のホステスがいた。さほど大きくない店なのにそこそこ繁盛していた。理由はもっと後になって思い当たった。かなりきわどいサービスを提供していたようだ。スナックというより『風俗』と同様の内実だったと思われる。
「あの客、いきなり指突っ込むのよ。痛くって。濡れてねえっての」
「高いボトル入れてからにしてほしいよね」
開店前、部屋は女たちが着替えながら露骨なことを言い合っていた。私が子供だったから気にもせず、オッパイ丸出しであった。それだけではない。パンツを下げ、局部までさらけ出すこともあった。
「今日はあたしがタンポンね」
膝を折った体勢でタンポンを挿入する。触られるのがうっとうしいので、生理ということにしてしつこい客の手をかわすのだ。客の中には疑う者もいる。
「今日、アレなのよ……ほら、わかるでしょ?」
下着の中の『紐』を触らせて納得させる。全員がそれではまずいのでローテーションを組んでいるのだった。無論、その時、私に意味はわからなかった。
「手こき3000円はしょうがないけど、生フェラ5000円は安いわよね。もう少しもらいたいわ。ママに言ってみない?」
「いくら拭いても臭いやついるし」
「咥えてほしかったら洗ってこいっていうんだよ」
私がいてもお構いなしに露骨な会話が毎晩のように飛び交っていた。そういう性的サービスが目当ての客がほとんどだったのだ。さらに話がまとまれば、店がひけた後、体を売っていた女もいたようである。
マナミがやってきたのは夏休みに入って間もなくのことである。『マナミ』というのは本名かどうか知らない。突然母親から、
「マナミちゃんっていうんだけど、今日からしばらくここに泊まるから」
住むところがみつかるまでということだった。
「だからね、お母さん、夜はマンションに行くからね。ごはんは温めて」
近くに部屋を借りていて、それまでも時々そこに行くことがあった。場所は知っていたがその部屋に私は入ったことはなかった。
(行ってはいけない部屋……)
子どもながらに感じていた。そこはよく店に来る男と過ごす場所だった。おそらく家賃も男が払っていたにちがいない。
「明日の朝、来られるかわからないから……」
言いながら1000円を置いていく。
「何か買って食べて」
そんな時、母は私の目を見なかった。やはり後ろめたい気持ちがあったのだろう。外泊の翌朝、母の朝食を食べたことはない。