僕は14角形-4
髪の毛の隙間から垣間見たその姿は、とにかく緋鯉の強襲だった。ベルリンの壁を踏みつぶすように僕の領海に高速侵入する。
「ちゅーか、お前は編入生?」
ツルンツルンの長髪が僕のほっぺを直撃。ぺしぺし。
「編入生にしちゃあ、かっこ、崩れているし。ひょっとしてダブりか。」
このツルンツルンの髪の毛、ほぼサーモンピンク。隙間から異常なほど白く乾いた顔が見え隠れする。印象は日本人形か。むぐ、もぐと髪の毛というか触手を振りほどくと、妖しい薄笑いを浮かべた女子がひとり。薄手の長い象牙色のフレアスカートには、かすかにペイズリー模様が浮かんでいた。上半身は、うっぷ。焦げ茶のセーターだけど、身体にフィットしすぎて発育中としてはやや行き過ぎな胸が「むくり」と飛び出している。海洋研究用にリストアされたオハイオ級原潜かお前は。
僕が悲鳴を上げる前にその女性はいきなり僕の前髪を頭の上に掻き上げてしまう。直毛でさらさらした肩までの髪の毛を乱して、僕は不服まるだし手前だれだあの視線を投げた。
女の子は白粉を塗った役者みたいな顔に、血のような紅い口唇をひき結んで僕に大接近。タイフーン級原潜の得意技、クレイジー・イワンする暇がない。
「ふむ。髪の毛で隠すなんて想定内よ。なに?なんちゅー美白。このくっきりした二重まぶた。睫毛ばっさばさ。ばっかみたいに大きな目、髭どころか産毛もないつるつるの美肌。毛穴あるのかお前。すらりとした端正な鼻筋。それよりなりより、その小さな桜の花弁みたいな口唇はなんだ。真珠みたいな歯を覗かせるな。この折れそうな首と綺麗なうなじはなんだ。いくら誤魔化したって、サラサラのキューティクルが朝日のように輝いているわ」
美容整形外科医じゃないんだから、あっちこっち引っ張るな〜!
「うふうふうふ。可愛いわあ、この幼い胸。お姉さんが立派に育ててあげるからね」
「それは思いっきり困ります!」
両手首を片手一つで器用に拘束した緋色の女子と揉み合った結果、シャツを首までたくし上げられ、細い身体なりの浮き出した腹筋と胸骨が露わになるという異常事態で僕は石畳を転がって呪われた人形から逃れた。
赤毛長髪の女子はぜいぜいと肩を上下させて、僕を見下ろす。
「ちっくしょう……神はまたしても私を欺くか」
「何のこと?」僕は息を整えながら緋鯉のような女子を見上げた。
「……動かぬ証拠を確認したからよ!」
明らかな碇を眉に浮かべたまま、顎を掴んで何か考え込んだ緋鯉は、ふと表情を緩めた。
「これは使えるかも知れないわね」
赤毛長髪女子は無表情に踵を返すと、すたこらさと校舎の方に歩き去った。僕は石畳の上で呆然としながら、「動かぬ証拠」について考え、とたんに爆発しそうに血が逆流した。