お世話いたします……-7
(7)
(いつもと、ちがう……)
土曜日の午後、私を出迎えた社長の様子である。にこやかな笑顔は普段通りだが、表情の中に目には見えない揺らめきのようなものを感じたのだった。それは表現し難い、いわば感覚みたいなもので、微妙な変化であった。だが、曖昧でありながら思い過ごしではない。そのことははっきり確信できた。
「待っていたよ」
その言葉の裏に別の言葉を聞いた。
『会いたかった』……
「休みなのに悪いね」
『ゆっくり寛いでいいんだよ』……
「泊まってくれるんだってね」
『2人だけの夜』……
私の心が映し出されたのかもしれなかった。
社長は杖も使わず、足を引き摺ることもなかった。
「足はもう、よろしいんですか?」
「うん。おかげですっかり」
(ならば、介助の必要もない……)
はずだが、社長は何も言わない。私もいままでと同じにするつもりだ。胸をときめかせ、秘部を熱く潤わせながら。……
夕食はレンジで温めるようになっていた。とはいっても、面接の時にごちそうになった料亭の会席膳である。
「新田さん、お酒は?」
「はい。少しは……」
「じゃあ、飲もう。こんな機会はめったにない。ワインもあるし、ビールも」
「でも……」
私は言い淀んで、
「お風呂がありますので……」
「大丈夫でしょう、少しくらい。夜は長いよ」
「はい……」
私はほっとして頷いた。社長の言葉が『お世話』を前提としていたからだった。
ぎこちなかった私の気持ちも食事の終わり頃にはリラックスして笑い声も出るようになった。社長と二人しかいないとわかっていても、広いお屋敷に誰かがいるようで、何とも落ち着かなかったのである。
「そろそろ、ごちそうさまかな……」
笑みを絶やさない社長が私を見つめて言った時、私は少し間をおいて返事をした。
「はい……」
伏せていた目を上げると社長の目と合った。
「後片付けします」
「簡単にしていいからね」
「はい」
私は立ち上がって、言った。
「お風呂、沸いてます」
社長は頷いて、かすかに息をついた。
「あとで、お願いがある」
「はい?」
「お願いがある」
「なんでしょう?」
社長は微笑んで答えなかった。
私の結婚期間は約5年。男性は夫しか知らない。長い間閉ざされていた処女が散ってほどなく、私は女として開花した。子供は出来なかったけれど、性感は敏感なほうだったと思う。ただ、夫とのセックスで満たされたことはなかった。夫は淡泊で、たいてい私が取り残されて、燃えた体を持て余していたものだった。
離婚後、『女』を封じたわけでもないのにあまり欲情しなかったのは結婚の失敗という重みが心に大きくのしかかっていたからかもしれない。それが、社長の一物の勢いを見た衝撃が女の泉を復活させた。陰裂が常に潤うようになったのである。
後片付けといっても膳を洗うだけで手間はかからない。終わっても私はキッチンにいた。食事も済んであとは特にすることがない。食堂には社長がいるはずだが、戻ってどんな話をしたらいいのか、思い浮かばない。妙に落ち着かなかった。
(お願いがある)
その言葉が気になっていた。
(なんだろう?……)
社長は答えなかった。
お風呂に入ることならこれまでと変わらない。ことさらお願いなんて言う必要はないはずだ。
「新田さん」
「はい」
突然呼ばれてびっくりした。社長が顔を覗かせていたのである。
「そろそろお風呂にはいりたいんだが」
「はい。ただいま」
気持ちが慌てていた。