宴 〜忌憶〜-13
13 「……誘ったのか?」
胤真の問いに、智佳は首を横に振った。
「あの時は、お互い雨でずぶ濡れになったから……シャワーを浴びて体を温めて、乾かした服を着て私の部屋に行っただけよ」
智佳の声を聞き付け、祐一が反応した。
「ち……違うッ!部屋に行ったら、お前っ、わざわざっ、ベッドへ、隣り合って座った!!」
祐一が叫ぶ。
「それは、部屋に椅子がないから……!」
智佳は反論した。
七畳半から八畳ほどの広さの中に、ベッドと作り付けのクローゼットと洋服箪笥、それに背の低い収納家具がいくつか。
そして部屋の真ん中には勉強机を兼ねたガラスのテーブル。
思い返してみれば、確かに椅子がない。
座布団はあったが。
胤真は、妙に納得する。
「座布団はあるけれど……す……好きな男の子の隣に座るチャンスを逃すなんて、できないじゃない……」
なるほど。
「じ、じゃあッ……額をっ、くっつけたのは!?」
「話し掛けてるのに反応がないから、熱でもあるのか心配したのよ!!」
胤真は思わず、目頭を押さえた。
「つまり何か?お前は勘違いで智佳を押し倒したのか?」
そんなくだらない思い込みで、智佳はあんな無残な目に遭わされたのか……。
「畜生めっ……!」
胤真の口から、呻き声が漏れる。
「仮に智佳が誘い掛けたんだとしても……どうしていきなり処女を破った?」
静かな、しかし確かな怒りの籠った声に、祐一は身をすくませた。
「当時はまだ幼いんだから、智佳に経験がない事くらい分かるだろう?何故、あんな惨い目に遭わせた?」
「……」
「俺は智佳の傷を全て見た。何をしたにせよ……噛み付く必要性は皆無のはずだな?」
「……から」
ぼそりと、祐一が呟く。
「……智佳が他の男を見てたのが、悔しかったからだよ!」
祐一の叫びに、三人はぎょっとした。
「確かに俺から告白して付き合い始めたさ!なのに他の男を見てたのも、分かってた!でも付き合ってるうちに俺をちゃんと見てくれるだろうと思った……なのに智佳はそいつの方しか見ていなかった!それがあの時急に悔しくなって、智佳を俺以外の男に見せられないような体にしてやろうと思ったんだ!!」
「このっ……!!」
胤真は智佳から離れ、祐一の元へ行く。
「胤真っ!?」
智佳が止めるより早く、祐一の頬が激しい音をたてた。
「がっ……!」
殴り付けられた鼻から、ばたばたと血がこぼれる。
「っめえのせいで、どれだけっ……どれだけ智佳が苦しんだと思ってやがる!!?」
激情に駆られて叫ぶ胤真を、智佳が止めた。
「もういい!もういいよ、胤真……」
駆け寄った智佳は、胤真の背後からその体に腕を回す。
「智佳っ……!?」
「私も……悪かったんだから……祐一君だけ、責められない」
「智佳……」
「胤真が……傍にいてくれて、よかった……」
「……本当にいいのか?」
洋館を出た後、胤真は尋ねた。
「うん」
答えて、智佳は胤真の傍に身を寄せる。
―まるで、恋人同士のように。
「言ったでしょ?祐一君だけ責められないって」
「……それならいいけど……」
納得しかねている声の調子だったが、胤真は表立って反論はしてこない。
「……いつだって、そうだったよね」
「え?」
「何でもない。ね、お願いがあるの」
「ん?」
智佳は、妖艶な笑みを浮かべた。
「今夜、傍にいて欲しい……胤真が、欲しいの」
胤真は、蠱惑的な笑みで応える。
「今夜なんて言うな。今から、めちゃくちゃにしてやる」
「うん……何もかも忘れるくらい、めちゃくちゃにして」