猿の夢-2
次の週末、僕はまたクラブにいました。
「・・エリカちゃん・・・ほんまにええ女やわ・・・たまらんわあ・・・なあそう思わんか?」
たまたま居合わせた古田がとなりのソファで貧乏臭くちびちびと酒を飲みながら、カウンターで談笑するエリカをじっとりと粘りつくような眼で見ながら呟きました。
「・・・エリカ・・・エリカはおれのもんや・・・」
まるで涎を垂らさんばかりの猿を思わせるその顔つきに、ぞっとするような嫌悪感とともに怒りを覚えました。
(お前みたいなチビのオヤジをエリカが相手にするはずないだろう。)
そう面と向かって言ってやりたいのを必死で押しとどめました。
「木村くん、古田さんと知り合いだったんだあ!」
言いながらエリカとマサコはグラスを片手にソファにやって来ました。自然にマサコが僕のとなりに座り、エリカが古田のとなりに腰を下ろしました。
「・・・なあエリカ・・一杯どや?・・・」
「・・・お酒?・・・まだいいいかな。」
早速エリカを口説こうとする古田の猫なで声を聞くと、ムラムラと嫉妬の怒りがこみあげてきました。しばらくしてマサコがトイレに行き、エリカに頼まれて酒を注文しに古田が席を立った隙に、僕はエリカを猛烈に口説き始めました。
「ふうん・・・でも木村くん、マサコとつきあってるんじゃないの?・・・」
それまで僕の話を黙って聞いていたエリカが、切れ長のクールな瞳で問いただしました。
「・・・はあ?つきあってねえよ。こないだは酔ってたから・・・」
ちょうどその時マサコと古田が席に戻り、僕はそれ以上エリカと話すことができなくなってしまいました。隣からマサコが甘えてくるのが無性にうっとうしくてなりませんでした。
しばらくすると古田とともにエリカが席を立ち、僕はそのまま投げやりな気分で強い酒を飲んでいました。そのうちにマサコが酔いつぶれて寝てしまい、何もかもバカらしくなった僕は、カウンターで相変わらず古田に口説かれているエリカに近付きました。
「・・・電話してよ。・・・待ってるから。」
言い置いて、そのまま店を出てしばらく夜風のなかを歩きました。エリカが自分になびかない理由がどうしてもわかりませんでした。つきあってもいないのに、マサコのことを問いただされたのも癪にさわりました。
(いい女はお前だけじゃねえっつうの・・いい気になりやがって・・・)
タクシーを止めようと通りに立ち、しかし思い直してクラブに引き返すことにしました。カウンターで最後にエリカに話しかけたとき、古田と話すエリカの表情になにか言いようのない悪い予感を感じたからです。
クラブの入り口が見えてきたとき、タクシーに乗り込むマサコとエリカ、そして口元に薄笑いを浮かべる古田の姿が見えました。なぜか目の前が暗くなるような不安を覚えたのを今でも思い出します。
僕はひとり残されて、走り去るタクシーを呆然と見つめるしかありませんでした。