銀の羊の数え歌−3−-2
気が付くとテーブルのうえに煙草の灰が落ちていて、僕は慌ててそれを灰皿に移した。まだほとんど吸ってないのにな、とため息をついてフィルターだけになった煙草を灰皿に押し付ける。のろのろと布団のうえで大の字になると体の節々がじくじくと痛んだ。
(彼女のはもっと痛そうだったな)
そう思い出したとたん、浮上しかけていた気持ちが再び沈み込むのが分かった。なんでこんな気分になるかは分からない。けれど突然あんなものを見せられたら、誰だってこんなふうになるんじゃないだろうか。僕は左へ寝返りをうちながら、考えた。あれは、カッターのような鋭利な刃物で切った傷ではなく、どちらかというと、爪でかきむしったような跡だった。ほとんど消えかけた傷や、ようやく痂になった感じの傷。その全てが、ゼブラ模様みたく柊由良の華奢な両腕に張り付いているのを目にした瞬間、僕はあまりの痛々しさに涙さえこらえなければならなかった。自分でつけた傷なんだろうか。いや、それ以前に、どうしてあんなにひどい傷がついたんだろう。新旧ばらつきがあるという事は、事故で負った怪我ではないはずだ。そこまで考えてから、ふと我に返って枕元の時計を見ると、すでに十一時を回っていた。
「やべッ」
思わず声に出してから慌てて布団へ潜り込む。傷の事は気になるけれど、結局はいくら考えても予想の域を脱しない問題だ。そんな事よりも、とにかく明日の仕事のためにさっさと寝なければならない。
(俺は研修生なんだから、な)
自分にそう言い聞かせながら、僕は天井からぶら下がる電気の紐へゆっくりと手を伸ばした。