〈屠られる幼畜〉-5
「……奈々未だけなの…奈々未だけが私の特別な人で……私、奈々未の傍に居ると自然に笑えるんだよね……」
男子への怖さが真っ当な恋愛観を作らせなかったとすれば、真夏は純然たる同性愛者ではないのだろう。
いつか“誤解”が解け、誤った認識が改められたとしたなら、きっと真夏も里奈のような素敵な妄想を膨らませられる……自信は無いが、奈々未にはそう思えた……。
「……真夏…ッ」
「……え…?な…奈々…ッ!?」
奈々未は言葉ではなく態度で答えた……スゥッ…と身を屈めると両腕を広げて抱き締め、そのまま緊張に固まっている唇を奪う……突然の事に何が起きたのか分からない真夏は、奈々未の熱烈な抱擁に緩やかに後ろに倒れ、全く身動きすらしないまま身体を開け渡していた……。
「……ごめんね真夏…私、乱暴だったね…?」
「……んんッ…そんなコト…ない……」
いま始まった〈関係〉が長く続くとは、奈々未は思ってはいなかった。
いつか素敵な異性が現れたなら、きっと真夏との関係は崩れるだろう。
そして“其れ”が真夏に起きる事を実は期待している。
それならば恋人同士にならなくても、今のままの“友達”という関係でも良かったのかもしれない。
だが、その選択肢は奈々未の中には無かった。
真夏が告白してきたのは相応の覚悟があっての事なのは疑いようもなく、その覚悟に対して“なあなあ”な答えを用意するような〈軽さ〉は、奈々未の性格として有り得なかった。
女が真剣に打ち明けたのだ。
ならば受けた側の“女”も、真剣に向き合うのが筋であろう……それが奈々未の答えだった。
友達の一線を超えた関係を真夏と築き、今まで一人で抱えてきた痛みや苦しみを共有しあい、共に同じ時間を過ごしていこう……哀れみでもお情けでもなく、しっかりと手を繋いで二人で分かち合っていこう……甘さと苦さの混じりあった接吻は、奈々未の決意の表れであった……。
「簡単には好きにならないって言ったのは、ちょっとした強がりだったの……怒った…?」
「うんん…怒らないよ、怒らない……」
涙は女の武器との言葉もあるが、真夏の瞳を潤ませる輝きには何の計算もありはしない……。
仰向けに押し倒された真夏の上に、奈々未は両手をついて被さっている。
いつ見ても綺麗だと思っていた奈々未は、下から見上げるとより美しさが増して見える……それはこのシチュエーションがそう思わせたのかもしれなかったし、初めての接吻に〈互い〉に昂揚していたからかもしれない……。
「……まだ麻衣と里奈は戻ってこないよね…?」
二人はゆっくりと起き上がると、窓辺の壁に凭れながら仲良く並んで座る。
「階段上がってくる途中で分かるよ。だって里奈ってお喋りだから」
「ウフッ…確かにそうよね……」
階下では二つ目の地獄の扉が開いたとも知らず、真夏は奈々未の肩に寄り掛かり、その幸福感に微笑んでいる。
その表情は奈々未の大好きな、目が糸になって無くなってしまう、くしゃくしゃな笑顔だった……。