第二章 かさなる-1
「姉さん、ご飯できたよ。」
姉さんと俺が就職して数年たった頃から、両親は揃って旅行に行くことが増えてきた。留守中の家事は姉弟で分担してやっている。今日は俺が夕飯の当番だ。
部屋にいる姉さんに声をかけたが返事がない。音楽を聴いてるか何かで聞こえなかったのかな。
「入るよー。」
姉さんは…ベッドで眠っていた。ドアに足を向け、右を向いた形で。室内用のラフなショートパンツと丈の短いプリントTシャツ姿だ。夏の姉さんはだいたいこんな格好をしている。
枕元にはタブレット端末が転がっている。動画でも見ているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。
なんだか幸せそうな微笑みを浮かべた口元から少しヨダレが出ている。こんなに緩んだ姉さんを見たのは久しぶりだ。子供の頃を思い出した俺は、イタズラをしてやろうと思い、そーっと近づいた。
距離を縮めるにつれ、姉さんの様子が詳細に見えてきた。無造作に布団に広がった長い髪、安らいだ寝顔、それ自体の重みで右に寄った胸の膨らみ。そしてその先端には…。
そこで俺は姉さんから視線を外した。姉とはいえ、無防備に眠っている女の寝姿をジロジロ見るのがはばかられたからだ。
「んー…。」
その時、姉さんがゴロリと仰向けに寝がえりを打った。もともと短いシャツの裾が捲れ、綺麗に手入れされた小さなヘソが顔を出した。その両側には、片手で簡単に抱きしめられそうなくらいにキュっと細く引き締まったくびれが白い素肌を曝している。ゆっくりと上下する胸が、姉さんが生きているということをあらためて意識させた。
姉さんが右膝を立てた。しっとりなめらかな太腿の裏側が俺の方を向き、俺の視線はショートパンツの中へと引き込まれてしまった。白い布がわずかに見えている。いけないと思いつつも目を逸らせない。
「…あれ、来てたのー?」
慌てて視線を顔の方に向けた。
「あ、うん。声かけたけど返事がなかったから、入らせてもらったよ。」
「いいよ…。うわ、こんな時間。もしかしてご飯?」
「そうだよ。仕度出来たら下りてきてね。」
「うん。でも特に用意することもないから、一緒に下りようよ。」
そう言ってベッドから立ち上がった姉さんがよろけた。
「あっ!」
転びそうになったところを両手を差し出して受け止めたが、咄嗟の事だったので俺も十分な体勢をとれなかった。二人は成すすべもなくカーペットに崩れ落ちた。
互いの胸と胸、腰と腰は密着し、素肌の足が絡まり合っている。上になっている姉さんの柔らかな髪が俺の顔から首筋にかけて這い、彼女の唇は首筋に触れ、小さな呼吸音が耳孔をくすぐる。
「姉さん、大丈夫?」
「あ、うん。ごめん。」
そう言ったきり、姉さんは動こうとしない。
「どこか痛いの?」
「…。」
「姉さん?」
ようやく体を起こし、照れ笑いしながらペタンと正座した姉さんの頬が少し紅潮して見える。急に転んで恥ずかしかったのだろう。
「へへ、やっちゃったね。」
それにしても、姉さんてこんなに軽かったっけ。子供の頃にふざけて乗っかられた時はすごく重くて息苦しかったのに。
「寝ぼけてるのに急に立とうとするからだよ、瑠璃花。」
和ませてやろうと思ってわざとそう呼んだ。姉さんは一瞬ハっとなったが、イタズラっぽい目をして睨んできた。
「弟のくせに姉を下の名前で呼び捨てするなんてナマイキね。…弟と姉という関係を無いことにするならそう呼んでもいいけど。」
俺は返事が一瞬遅れた。
「それは出来ないよ。そうだろ?だって俺たちは間違いなく姉弟なんだから。」
「そうね…。って、なに真面目に拒否してるのよ。あたりまえじゃない。」
二人とも床に視線を落とした。
「さ、ご飯食べよ。」
「うん。今日は何作ってくれたのかなー。」
いつもの姉に戻った彼女と階段を下り、ダイニングに向かった。