お願い-1
4月になり、1週間経った。
タクミは言っていた通り
専門学校の入学式には欠席した。
今は電車で、新宿の専門学校へ
片道30分かけて通学している。
いつものように過ごす
ちづるとの時間は
ほとんどが
専門学校の話題になっていた。
その日の夕方も、
ちづるは台所に立ちながら
ソファーに座っているタクミに
学校の話を色々質問していた。
だが、その日のタクミの様子は
おかしかった。
ちづるはいつものように
学校の話を聞こうと質問するが、
「ん?」
「もっかい、言って」
と、何度も聞き返してくる。
上の空で
そして不機嫌でいるように
ちづるからは見えた。
ちづるは、出来上がった料理を
ソファーの前のテーブルに
運んでゆく。
ソファーに座っているタクミが
テレビを観ながら呟く。
「なんかーー、、、
落ち着かない。 」
「 ぇ? 」
「この部屋。」
「 ぁ、。 、、 、」
ちづるは
部屋をぐるりと見渡す。
ちづるの家の家具や雑貨が
必要最低限なもののみに、
なっていた。
ソファーの後ろの方にあった
小さな本棚もなくなっている。
食器棚も、棚はあるが
中身の食器は使う分の
数枚だけになっている。
グレーのシャツを着ているタクミは
ぼんやりとテレビを眺めている。
淡いピンク色のカーディガンを
着ているちづるは
タクミの隣に座る。
テレビを見ているタクミを
横から1度見る。
少しだけ気まずい気持ちになり、
ちづるもテレビを眺めてから
話し始める。
「お兄ちゃんに、、
色々、手伝ってもらってて。
冷蔵庫とかはもちろん、
業者さんに頼むけど、、、。」
「、、、、、。」
「あの、、。ちょっと
いいかな? 」
「んーーー? 」
「お願いが、、あるの。」
「、、、、。」
タクミは、
ちづるにそう言われても
テレビの方を向いたままだった。
ちづるが言う。
「あの、 ね?
もうすぐ、、引っ越す
わけですが、、、」
「、、、、、。」
「うちの、、食器棚
、、、。
タクミ君のうちに、、。
置いてもらっちゃ、駄目かな?」
「、、、、、。」
「うちのやつ、、ほら
炊飯器も、置けるから、、。
結構、コンパクトだし。 」
「、、、、、。」
「他も、食器、、とか。」
「、、、、、。」
「 ぁ、。 もちろん、
タクミ君が
迷惑じゃなければ、、の話で。
タクミ君のお母さんも、、
帰ってくる時、あるだろうし、、
聞いてからのが、、いいよね。
、、、。
私は出来たら
泊めてもらった時とか、、。
今みたく、ご飯とか
作りたいな、、って 」
「、、、、、。」
「、、、。 まぁ、うん、、
考えといて ? 」
「、、、、、。」
タクミは黙って
ちづるの話を聞いていたが、
1度も振り向かない。
ちづるは
スカートの膝の上にある
自分の手を気まずそうに動かす。
しばらく沈黙した後に
出来上がった残りの料理を
運ぼうかと考える。
その時。
タクミは
ちづるを見ないまま呟く。
「 あのさぁ 、 」
「 ん? 」
「俺も、、。
お願い、あるんだけど。」
「、、うん、 なぁに? 」
ちづるは
タクミがやっと口を開いてくれて
気持ちがパッと明るくなった。
タクミは、静かに言う。
「行かないでよ。」
「、 ぇ? 」
「俺んち、泊まりにくるなら、、
居てよ。 ずっと。 」
「 ! 、 、、、 」
タクミは振り向いて
ちづるを見た。
その目を見て
ちづるはやっと気がつく。
タクミは上の空ではなかった。
不機嫌ではなかった。
タクミの寂しさが
ちづるの身体に流れこんでくる。
「 俺、、やっぱ、、
嫌なんだよね。
ちづちゃん、居なくなるの 」
「 、、っ 、、
でも、、ね?
うちの実家、ここから凄く
「遠い。」
、、、 ぇ? 」
「今まで、、。
どんだけ近くに、居たと思うの?」
「、、、、、。」
「俺と、暮らしてよ。」
「! 、 、、、」
2人は、見つめあったまま沈黙した。