魔女の手習い-6
「ど、どうしたんですか」
入って早々にとんでもない仕打ちをされて、オマケにわけもわからず笑われたリリは、面食らうしかなかった。
「ヒーッ、ヒヒヒ、ジ、ジオはちゃんと言ってるよ〜ヒーッ、おかしー」
「一体どういうことですか!」
リリが勢い込んで聞いた。その反動で乳首の先の洗濯バサミがブルンと揺れて、リリに苦痛を与えた。
「あ〜おかし。ジオって話す時に、変な訛り方をしてなかったか?」
笑いの治まったアリスが楽しそうに聞いた。
「えっ?ええ、じいちゃんは凄く訛ってましたけど…」
アリスの指摘のとおりだった。リリの住む地域は田舎ではあったが、この世界の標準語を使っていた。しかし、何故かジオだけは、周辺の者も首を傾げるほど酷い訛り方をしていた。
「やっぱりな。訛ったジオの言葉をお前が聞き間違えたのさ」
「えっ?」
「ジオが【マゾ】って言ってるのに、お前が勝手に【魔女】って解釈しただけだよ」
「うそー!」
驚天動地で青天の霹靂的な寝耳に水のアリスの言葉だった。
リリはそれを言った時のジオの言葉を思い返した。
【オメのカカはマゾだべ】
確かにそう言っていた。それをリリの脳が、訛りを標準語変換した時に【お前のお母さんは魔女なんだよ】と勝手に訳してしまったのだ。
しかし、これは決してリリを責められなかった。このファンタジーな世界では、実際に魔女が羽振りを効かせていて、魔女は少女達の憧れの存在だった。
尚且つ、いたいけな少女が、自分の母親がマゾということなど受け入れる土台は皆無だろう。
「しかし変だねぇ。お前、ここに入る前に看板見なかったのか?看板見たらわかるだろ」
「看板?」
頭の一文字が違う看板…。それは魔女に偏見を持つ者に対して、わかり難くするためだと思っていた。
「うっそ…」
そのまま素直に読めばよかったと気づいたリリは絶句した。
リリが見上げた看板には【魔女養成所】ではなく【M女養成所】と描かれていた。改めて思えば、達筆過ぎて読み難かったジオの手書きの地図に書かれた文字も、そう読めなくもなかった。
「お前もしかして、あれを【魔女】だと解釈したのかい?【M女】って言えばそのまんま【マゾ女】だろうが」
「そ、そんな…」
ショックを受けているリリに、アリスが嬉しそうに追い討ちをかけた。
「それに、ジオはお前のじいさんじゃないよ」
「ど、どういうことですか?」
「ジオはお前の父親だ」
全く意味不明だった。が、続いたアリスの言葉にリリの顔が真っ青になった。
「ジオは自分の娘を犯して、お前を孕ませたんだよ。だからお前にとって、ジオはじいさんであり父親なんだよ」
「そ、そんな…」
「あはは、もしかしたらお前もジオに犯されてたりして」
世界がひっくり返った瞬間だった。しかし、それで終わりではなかった。アリスの容赦のない言葉は続いた。
「それにジオったら傑作なんだよ…」
アリスは、今までリリが知らなかったジオとララのことを話し始めた。
「ジオは詐欺師さ」
そして、ジオのその訛りは、カモを油断させるために使っていたこと。
そのジオが詐欺で下手を打ってしまい、仲間内に不義理をして多額の借金を背負ったこと。
そして極めつけは、ララはその借金の形に売り飛ばされ、その飼い主がS気が強かったため、できるだけ高値になるように、ここに入れられて調教されたこと。
「しかし、ジオがあの訛りをお前にまで使っていたということは、お前もジオにとってはカモだったってことかね。多分【魔女】って聞こえるように微妙にアクセントも変えてたんだろうよ。まっ、これはジオの親心と言えなくもないか。今頃お前にどれくらいの高値が付くか、皮算用してるのは間違いないね」
その話を聞いていたリリは、その受け入れがたい自身の境遇に心が折れそうになった。
しかし、防衛本能の働いたリリの心は、自身のことより、父親に売り飛ばされた母親の境遇の方に意識を向けさせた。
「お母さん、可哀想…」
胸が痛んだリリの目から涙が溢れた。しかし、アリスは容赦しなかった。
「ララがあ?ははん、何が可哀想なもんかい」
母親思いのリリの心を、アリスがせせら笑った。