日本画家 Z (最終回)-2
「もう少し肌寒くなった、中へ」
日が落ち、辺りが薄暗くなるとようやく画伯もスケッチブックを閉じ、さおりを家の中へといざなう。
「すみません……勝手に」
「いや……私も喉まで出掛かっていたんだ、襦袢を取ってもらえないかとね……ありがとう、寒かっただろう?」
「ポーズを取っている間は感じませんでしたが……」
「うん……君は天性のモデルだね、私もすっかり自分の画の中にいるような心持だった」
居間の隅にしつらえられたレトロな雰囲気を持つ鋳鉄製の暖炉が赤々と燃え、さおりの肌を赤く照らしている。
肩からは庭で脱ぎ捨てた襦袢がかけられているが、さおりは袖を通さずに暖炉の火に見入っている。
「寒くはない?」
「はい、もう大丈夫です、なんだか本物の火って良いですね」
「そうかい? まぁ、私は古い人間だからね、エアコンの温風じゃなんとなく物足りないんだ」
「なんだか体の中に染み入ってくるようです」
さおりはそう言うと腰紐をすっと解き、腰巻を床に広げてしまう。
「……いいのかい?……」
「描いて……下さい」
正座のポーズで画伯の方に向き直る。
「……膝を……少し開いてもらえるかな?……」
画伯の目に綺麗なスリットが飛び込んだ。
それからしばらく、さおりは横になり、立ち上がり、請われるままに様々なポーズを取った。
「有難う……この辺にしよう」
画伯はスケッチブックを閉じると、さおりは床に広がっていた襦袢を再び身に纏う。
「随分と遅くなってしまった……お腹が空いただろう?」
「うふふ……正直に言うとぺこぺこです」
「ははは、店屋物になってしまうが、いいかい?」
二人で仲良く天ぷらそばをすする。
もうスケッチは良い、と言う事なので、さおりも服を着ている、自宅から美容院まで着て行った洋服だ。
どれを着て行くかと言う事で、さおりは昨夜ひとしきり悩んだ。
画伯は本当に涸れてしまっているのだろうか……もしまだ残っているものならば……。
その結果、選んだ服は白いブラウス、ウール製でチェックのスカート、そしてピンクのカーディガンと言うレトロなものだった、画集にこの服装の少女の絵を見つけ、画伯の好みなのだろうと想像したからだ。
そしてその推測は正しかったようだ。
画伯はその服装を見ると目を細めて笑顔になったのだ。
ただし、さおりが想像したように性的な興味を引かれているようには見えなかったが……。
「あの……」
食後に画伯自慢のコーヒーを頂きながらしばらく談笑していたが、ふと会話が途絶えた瞬間を捉えてさおりが切り出した。
「もう服を脱がなくても良いんですか?」
「充分に描かせてもらったよ」
「いえ、モデルとしてではなく……」
「……」
画伯の顔から柔和な笑みが消えて、スケッチをしている時のような真剣な顔つきになる。
「それは……抱かなくても良いのか? と言う意味かな?」
「……はい……お嫌でなければ」
「嫌なはずがないだろう? ただ……」
「ただ?」
「随分と遠ざかっているんだ……妻を亡くしたのは10年前だったんだが、それ以来ね……正直に言うと性欲が涸れてしまっていたわけではなかった、女性を買おうとしたこともあったんだ……だが、結局できなかった……踏み切れ無かったと言うことではなく、不能だったんだよ……どこかで妻に義理立てする気持はあったかもしれない、まだ絵が全く売れない時代から私を支えてくれた女性だからね……」
「今もまだ……?」
「君はやはり他の女性、大人の女性とは違うね……正直に言って襦袢を脱いでくれた時から私の男の部分は目を覚ましつつあるんだ」
「それならば……」
「妻はそれを許してくれると思うかい?」
「それは……私からはなんとも……」
「ははは……70近くも年下の女性に聴く事じゃなかったな……出来るものならチャレンジしてみたい、もし出来たら妻もそれを許してくれたと言うことなのだろう」