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「ほぉっ……、ぐふ……」
かの男がいよいよ本格的に褌の中で男茎を扱き始め、聞くに堪えない湿った息を漏らすと、
「や、やめて……」
悲哀を繕おうとしても、どうしても眉が顰まり、軽蔑が滲んでしまうから顔を背けた。すると逆側の視界も、こちらは幾分若いのだろうが、肋骨が浮くほど貧弱なのに腹だけが緩んだ白肌で埋まった。同じく褌に手を突っ込んで卑猥な手首の動きを見せつけられる。
(ああもう……、そんなの見せないでよ)
仕方なく前へ視線を逃すと二人だけではない、何人かが便乗して自慰を始めていた。
「……や、やめてっ」
半ば本気で言った香菜子へ、
「みんな興奮してるんですよ。普段手の出ない、お高くとまった秘書課の子が、そんな格好をしてるんですからね」
あんたたちがこんなカッコにさせてるくせに。香菜子は勝手な言い分に思わず憤怒の表情を浮かべかけ、すぐに自重した。吉岡真理子らしくないし、必要以上の怒りは冷静な判断を曇らせる。
「虚士さま、わ、私はも、もう……」
最初に自慰を始めた中年男が腰を前後に揺すってヘビ夫に訴えた。
キョシ? それがこの男の名だろうか?
「邪淫の魂が抑えられないとは、情けない」
「も、申し訳ありません。で、ですがぁ、こ、こんなイ、イヤラしい誘惑には、とても打ち克つことができません」
「確かに」
ヘビ夫は香菜子を見下ろし、「凶々しく不浄な淫らさだな」
言っている意味が全く分からない。
「虚士さま、ぼ、僕も、は、早く……」
ニチャッと音を立て、若い男も焦燥の声を上げる。それを合図とするように、わたくしも、わたくしも、と獣たちの懇請がヘビ夫に寄せられた。
「――と、いうわけなので、吉岡さん。少し彼らを救ってもらいましょうか。お話は救済の中で追い追いと」
眉を寄せる香菜子へ訳の分からない言葉を続けてから、ヘビ夫は自慰を始めた一番手の中年を指差した。「どうしたいんだ?」
「そ、その……、女体に触れたくて仕方がありません。こ、こんな若くてピチピチとした……、おおっ、た、たまらんっ。……み、未熟な私をどうかお許しくださいっ……」
口では頻りに謝罪しているが、手首を利かせすぎて褌が緩み、鈍色の肉幹を露わにした男は、扱く度にクチュクチュ、クチュクチュと音を立てて先端から透明の粘液を垂れこぼしていた。
「い、いやあっ……」
意識的に上げた抗いの悲鳴だったが、本当に男の手の動きは醜穢極まりなかったから、響きは真に迫っていた。そんな声が余計に男を刺激してしまい、
「おおっ……、こ、こんな淫らなカラダで誘いやがって……」
と身勝手な非難して、男茎を扱く速度を上げて近づいてくる。
(くっ……。……、……けど、ま、このままじゃ先に進まないし)
腹立たしい責めが始まろうとしているが、拘束されたまま対峙していても埒が開かない。
「最初に正直に告白したからお前から許してやろう。せいぜい、愚劣な邪淫を吐き出して身を清めるんだ」
「ああっ、……あ、ありがとうございます!」
中年の震える手が上躯に伸びてきた。
「いや……、いやよっ」
どれくらい責めが進めば、拘束を解いて体勢を変えようという話になるだろうか。それまでは身に受ける悍ましい行為に堪え続けなければならない。あまり長々と続くと、しとやかな吉岡真理子にあるまじき、口汚い罵声を放ってしまいそうだから、早々に色堕ちした擬態をしてみせて男たちを懐柔しよう。
体に伸びてくる手を見つめ、怯えて身を捩る芝居をしつつ、香菜子は頭の中ではそう算段をつけていた。
女体に触りたい。そんな憐れな中年の手が、愚かしくも真っ先にブラウスのバストへと伸びてくる。身が清まるのかどうか知らないが、せいぜい、胸を触ってオナればいい――
「はっくっ……!」
香菜子は息を呑んだ。
(えっ……!)
男の粘着質な手のひらがブラウスの上から小ぶりのバストを一揉みしてくると、嫌悪に全身が凍えるのかと思っていた――のに、触れられるや全身へと熱い波が走っていった。悪寒ではない。むしろ肌の下から熱を帯びたもどかしい疼きが沸き立っていく。ドサクサに紛れて他の男も触ってきているのかと思ったが、確かに触れているのは中年の男の節ぶくれた指だけだ。
「お、おお……、ひ、久しぶりだぁ、こ、こんな若い女の子のオ、オッパイに触るのはぁ……」
恍惚とした呻き声を上げて、慰めている男茎の動きに合わせて二度三度とバストを揉んでくる。その度に胸乳から波紋が広がり、煩悶を更に誘発してきた。
予想だにしなかった肉体の反応だった。
(な、なに、これ……)
意識して身を捩っているのではなかった。男の手が香菜子のバストを味わう度に、ギシギシと革を鳴らして身がくねった。
「う、うぁ……、きょ、虚士さまぁっ、ぼ、僕も……」
「君は、禁欲中か?」