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梟が乞うた夕闇
【鬼畜 官能小説】

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 唇から吐き出される煙が風に流されて、
「煙草は体によくないんじゃないですか?」
 陽介は手で払い顔を顰めてみせた。煙草が苦手というわけではないが、こうも漏らさず浴びせられると、何だか見下されているような気分になる。
「そうね。確かに肺にはよくない」
 深雪は艶やかなグロスから細身の煙草を抜き取ると、そんな陽介を見抜いたかのように、今度はわざわざこちらを向いて煙を吐き出した。この人は端から自分を見下してるんだろうな。だいたい、この人が他人を敬うなんてことがあるのだろうか。そう思った陽介は、最早降りかかる煙を、むしろ心地良い錯覚すら覚えて浴びるがまま、
「肺が傷むと、対人戦で支障でませんか?」
 と問うた。
「別にでないし」
 形良いネイルの先でトンと灰を落とすと、「ゼーハーいうまで仕留めるのに手こずってたら、死んじゃってますからね、こっちが」
 常識でしょ、と言わんばかりの横目線。そして深雪は気怠そうに片足を斜に開いた立ち姿で優雅に吸い口を咥えると、コンビニ前の幹線道路を行き交う車を眺めた。風で頬にかかる髪がうざったるいのか、何度も耳に掛け直している。
 何という艶美さだろう。こういった仕草が様になるということを自分でもよく分かっていて、姿に見惚れる男を嘲笑うために、敢えてやっているとすら思える。
「それに、美容にもよくないですよ。煙草は」
「セクハラ? 投げ飛ばされたい?」
 自分の腕を取って絡みついてくれるのは嬉しいが、そう思ったが最後、天地が逆転して地面に叩きつけられるだろう。下は硬いアスファルトだから、どう上手く受け身を取っても無事ではない。
 ありがたいことに冗談か単なる警告であったようで、深雪は吸い殻を灰皿に投げ入れて腕組みをした。
「……どう思う?」
「先に来ていた二人のことですか? 捜査班の連中じゃないですか」
 そう言った陽介だったが瞬時に、違うだろうな、と考えていた。
 今出てきた施設はどこからも司法解剖を委託されていない。そもそもあの建物は「研究所」であって病院ではない。先ほど対面したバラバラになった男の家族にすら、遺体は別の病院に安置してあると伝わっている。白衣男が医療機関だと主張する施設は、あの殺菌剤が染み込んだ寒々しい霊安室もろとも、公にはなっていないのだ。公にはできない事情がある死体が集まってくる場所であり、刑事警察を含め、殆どの人間はその存在を知らない。
「ま、この件で動いてるのは私たちだけじゃないでしょうけど。コソコソ動き回られるのは気にくわないな」
 白衣男にどこの所属の人間だったか聞いても無駄だろう。どこかの名義を借りてやって来ているに違いない。しかしそれは、
「コソコソしているのはお互い様ですけどね」
 警視庁のとある部署の名を借りてやって来た自分たちも同じことだった。
 ――連続爆殺事件。
 三ヶ月ほど前、横浜で無残に散った二人の遺体が見つかった。白昼、地域を震わす轟音とともに爆発が起こったことで大きな騒ぎになった。数日はどのテレビ局もこぞってこの事件を伝えたが、犠牲になった男は若くして会社役員、女は高級クラブのナンバーワンという、ありきたりだが浮世離れした組み合わせでは、視聴者の興味を繋ぎ止めることはできなかった。程なくして発覚した、子育て支援に関する老政治家の時代錯誤な失言の方が、よほど視聴者の無責任な嗜虐心を擽ったから、数日後に警察から出された「ガス漏れによる事故」という最終見解を番組終わりの少々でサラリと伝えただけで、どの局もこの事件を扱わなくなった。
 しつこく取材を続ける者もいることはいた。いわゆる三流週刊誌で、報道では男の身分は会社役員だったが、その名を連ねる会社がどうやら広域暴力団のフロント企業であることを突き止めると、何週にもわたって謀殺説を掲載した。とはいえ誰が読んでも、「そうであれば面白い」という魂胆が見え見えの、どこまで確証を得ているのか疑わしい邪推と願望に満ちた記事だったし、たとえ暴力団抗争の果ての爆発だったとしても、大半の一般市民には何ら関わりのないことだった。
 一ヶ月過ぎた頃に江東区のマンションにてまた爆発が起こり、元自衛官の夫婦が犠牲となった。発表は同じくガス事故。テレビニュースは警察見解を疑ることもなく、先の横浜での事故と比較して、その日だけは「都心のガス事情は大丈夫か」と殊更に不安を煽ってみせた。かといってその報道によってガス設備を見直そうという動きもなく、世の中にはもっと切実な不安がたくさんあったから、特段人々の関心を得ることはなかった。例の三流記者氏は懸命にこの犠牲者と広域暴力団との繋がりを探すも、見つけることはできず、締切に迫られて上稿したのは妄想記事の域を出なかった。


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