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『秘館物語』
【SM 官能小説】

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『秘館物語』-7

『1年も待ってられないわ……ごめん、浩志』
 恋人の切り口はこうだった。浩志は早速、浪人を待つ身の厳しさに直面したのである。
 卒業するまで浩志は画才に恵まれた高校生として有名だった。その顔立ちも、眉目秀麗とはいかないものの、見る人によっては美形の部類に入り、また性格もおだやかで、けっして自己主張はしないが、芯にはしっかりした信念があり、それがオーラとなっていたのかはたまたフェロモンに姿を変えたのか、女子生徒の人気が異様に高かった。
 しかし彼は、そんなミーハーな女子には目も暮れず、所属している美術部の部長と関係を持っていた。ストイックなまでに風景画に取り組む彼女の姿勢に、心惹かれたのだ。
 それは相手も同様だったようで、人物画に絶対の存在感と才幹を見せる浩志に、初めから恋にも似た憧れを抱いていたらしい。
 そのまま二人は恋人同士となり、身体を重ねる仲にまで進展した。正直、浩志は生涯設計まで夢に見たぐらい、彼女を愛していた。
 しかしその設計は、早くも崩れ落ちた。
 都市圏にある有名美大を受験した浩志は、合格当確と目されながら落ちてしまったのだ。
 彼女は進学志望ではなく、同じ都市圏にあるデザイン系の専門学校に通うことが決まっていたから、いきなり二人の関係は岐路に立たされたのである。
 1年の遠距離交際。本当に、遠い距離。
 耐えられると思っていた浩志はしかし、思いがけず、彼女の方から卒業式の日に別れ話を切り出された。その理由が、冒頭の彼女の言葉である。
 浩志は、認めるしかなかった。その瞬間に彼は、大事なものを失った。
 進路と、愛。指針と生きがいを同時に失った浩志の喪失感は、いかばかりか。
 それを心配した浩志の養父・生方志郎は、彼を自分の別荘へ呼び、そこでとにかく気持を落ち着かせることにした。


 少し、前後の説明が必要だろう。話の展開が、意図的とはいえかなり飛んでいる。
 主人公・生方浩志は、生まれながらに両親がいなかった。とある養護施設の門先に、籠にいれられたまま放置されていたところを保護されたのである。
 書置きらしきものはあったが、小さな紙切れに“ヒロ”とだけ書いてあった。以来、彼はヒロという通り名で、施設の子となった。
 4歳になった彼は、あるときスケッチブックに絵を書き始めた。色を全く使わずに、黒クレヨンだけで、人の顔を書いていた。まるで心にある子供の闇を映したかのような暗い顔の人間たちがそこにいた。
 狂ったように絵を書きつけるヒロ少年。施設の職員たちは、そんな少年の行為を当然ながら心配した。
 心理学の先生を呼び、カウンセリングを受けさせることを検討していた矢先、施設の園長と旧年来の知己であるという画家・生方志郎が慰問のために来館した。彼はこの施設の出資者でもある。
 志郎は当時、既にかなりの名声を得ていた画家であった。とくに日本人女性の裸婦画を得意とし、濃密なまでに溢れてくるそのエロスの世界は、他の追随を許さず、それ故にこの世界では驚くほど若くして第一線の画家の地位と財産を築いていた。
 その志郎が、ふとしたことでヒロ少年の絵を見た。それが、二人の大きな出逢いであった。絵は子供の書くものと何も変わらず、構図もデッサンもでたらめなものだったが、志郎はその絵から溢れ出てくるような負のオーラに度肝を抜かれた。確かにこれは、ヒロ少年の内面から出ているものもあるだろうが、それよりも、ここで働く大人たちの負の感情をこれでもかというほどに表現していたのだ。
 それを見抜き、キャンバスに表現する力。志郎はそんなヒロ少年の才能にほれ込んだ。すぐに、園長に頼み、自分の養子として引き取らせて欲しいと願い出た。


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