僕の性癖-1
相変わらず今日も体がだるい。何とか布団を抜け出せたのは昼過ぎだった。リビングには妻の用意してくれたチャーハンが置かれている。隣の部屋に入りPCの前に腰を下ろす。マンションは2LDKだ。ダイニングキッチンとリビング、ダブルベッドのある寝室と風呂、トイレ、そして今僕が座っている机のある部屋だ。カーテンはすべて閉めきっている。僕が望むから妻がそうしてくれている。
PCの電源を入れた。今日は土曜日だ。会社には現場の人のみならず、事務員も出勤しサービス残業しているのだろうが、僕はしっかりと週休二日休む。妻は近所のスーパーにパートに出かけている。サービス業だから土日、祝日に休むことが難しく、手当がつくこともあり進んで週末は出勤する。だいたい朝九時ころから夕方六時頃迄で、休みは平日に一、二日ほど不定休でとっているようだ。
PCが立ち上がるとすぐさまネットサーフィンを始めた。いかがわしいサイトだ。僕はいつも野外露出やSM等の動画で抜く。それが僕の性癖である。うつ病になると性欲も落ちるはずなのだが、僕の場合、自慰行為はやめられない。寝巻のズボンをずらしふにゃふにゃのペニスをしごくと、ほどなく射精をむかえる。うつ病の薬の副作用で、僕のペニスは固くなる事がない。そのせいで、あれほど激しく求めあっていた身体を、妻に求める事はなくなった。したくても出来ないのだ。妻にもその事は伝えているし理解してくれている。結婚してから七年間はもちろん、通院し始めてからの一二年間、妻と身体の関係はない。だから子供もいない。体外受精も試みたがことごとく失敗している。妻の話では、どうやら過去の中絶と関係あるらしく着床しづらい体質になったらしい。
現在、僕は四二歳、妻は三四歳。彼女は迫る女性としての機能の期限に、焦りを感じているようであるが、僕はどこか諦めている。
動画を探し続けた。モニターには男女の営みが映し出されていた。そのそばで縛られて身動きのとれない男優が騒いでいる。どうやら、夫の目の前で妻が犯されるという設定のようだ。僕には興味のないジャンルだ。ブラウザーを閉じようとした時、不意に女優が妻の夏帆に見えた。あの小さく細い体で、肩まで伸ばし内側にカールさせた黒髪を振り乱しながら、僕の目の前で他の男とヤッテいる妻を想像した。僕は再びフニャフニャで小さなペニスをしごきあげた。驚くほどすぐさま射精した。射精した後はいつも後ろめたさを感じる。妻は一生懸命働き、疲れた素振りひとつ見せずに、僕の身の回りの世話をしてくれている。それなのに僕は会社のみんなが残業している中、昼間からコイテいるのだ。そして何よりも、この12年間、妻に女の悦びを味合わせてあげていない事への、男としての不甲斐なさを痛切に感じるのだ。
妻もセックスがしたいだろうに――
僕の頭が久しぶりにさえた。ネットサーフィンを続ける。
『妻を寝取られる』
『妻を貸し出す』
『妻を代理調教』
色々なワードが目に飛び込んでくる。頭の中で組み立てられてゆくパズルのピースに、僕の興奮はとどまることなく高まり続けた。
「太田君を食事にってどういうこと?」
リビングのガラステーブルには、夕食がすっかり用意されていた。
「ん? だってお前さっきから太田君、太田君って何回も言ってるし。好きなんじゃないの? 太田君の事」眩しい蛍光灯から逃れる様に、顔を妻に向けた。
「うーん。ちょっとタイプかも」笑いながら妻は食事をしている。
身体の関係こそないものの、僕たちは愛し合っている。僕は勿論そうだし、妻も僕を愛してくれている事は、日ごろの言葉や態度で十分理解していた。この七年間、時間が合えばお風呂も一緒に入るし、余程のことがない限り夕食も一緒にしている。だからこそ互いに言える事であった。
「俺も合ってみたいし、太田君」
「じゃあ誘ってみる。迷惑がられないといいんだけど」
「俺が誘ってるって言えばいいよ」
普段は一方的に妻がしゃべるだけだが、久しぶりの僕の積極的な発言にとても嬉しそうに頷いていた。
「で、太田君ってどんな奴なの?」
「背が高くてねー、結構イケメン。あれはモテるわ」
妻とのまともな会話は久しぶりだった。
「それに若いしね〜」
笑顔で皮肉まで言ってきた妻に、僕は思わず微笑んでいた。
いつぶりだろう? 笑ったのって――
そんな僕を見て、妻は嬉しそうに話を続けていた。パート先の話ばかりだった。特に太田君の話題は多く、久しぶりにちょっとした嫉妬心すら覚えた。
「焼きもち焼いてくれてるの〜」
「あはははは」
妻の言葉に棒読みの笑い声で答える。さすがに声を出して笑うことは出来ないようだ。
「早速、明日誘ってみれば? 俺の都合に合わせなくていいよ。お前の休みに合わせろよ」
僕の笑顔にやがて頷いた妻は、太田君の都合を聞いて調整してみると言った。
「あなたが嬉しそうにしてるの見ると、わたしも嬉しくなるわ」
「来客なんて久しぶりだし、いっぱい呑もうよ。翌日しんどいだろうから、うまいこと調整して休みとれるようにすればいいよ」
満面の笑み浮かべる妻を見て、久しぶりに箸が進んだ。
僕の中で決心は固まっている。肥大してゆく計画も、頭の中でどんどん具体化していった。