黒い嫉妬心。-9
「な、何て事だ…」
吉川は絶句した。それは痛々しい中田みな実の姿を見たからだ。顔には何度殴られたか分からない程の殴打痕、腫れ上がっていた。肌が出ている手や足をみれば服に隠された場所がどれだけ酷いのかは想像がつく。思わず目を塞ぎたくなるような惨状であった。
「本当に…、本当に刑事さんなんですか…?」
「ああ。」
その言葉を信用したのか、中田みな実はフラッと力が抜けたかのように倒れそうになる。
「大丈夫か!?しっかりしろ!」
吉川の腕に抱き抱えられるみな実は痛々しい顔をしながらもフッと笑みを見せたような気がした。
「助けて下さい…。覚醒剤を使った罪はいくらでも償います…。だからフレアから助けて…」
「君は好き好んで覚醒剤を使った訳じゃないだろう!罪なんか償う必要はないんだ!君は何も悪くない!」
よほど嬉しかったのだろうか、中田みな実の瞳から涙が落ちる。吉川はみな実をベッドに寝かし、タオルを水に濡らして顔を冷やす。
「腹、減ってないか?」
虚ろな目だが澄んだいい瞳をしている。
「お、お水…下さい…。」
「ああ、待ってろ。」
吉川はコップに水を入れみな実に飲ませた。すると大きな深呼吸をして体を起こそうとする。
「無理するな。」
「大丈夫です。刑事さん、フレアの事を聞きたいんじゃないですか…?」
「しかし喋れる状態じゃ…」
「今落ち着いてるので。いつ幻覚症状が現れるか分からないから…、ちゃんとしてるうちに話したいんです。」
「みな実さん…」
完全に自分の状態を知っているようだ。毎日どんなに苦しくて、どんなに辛かったか考えると胸が苦しくなった。
「私は…スーパーチェーン大手の田中ホールディングス社長、中田洋右の孫です。」
「えっ?あの中田ホールディングスの…?だって中田ホールディングスって言ったら東京の…」
「はい。私は東京で暮らしていました。幼稚園から努めていた会社まで、ずっと東京です。」
「だって君はこっちに住む、確か金持ちと結婚寸前で破談になった…」
「それはフレアが決めた私の設定です。みんなそうです。百合が丘地区に住んでるセレブ達だって元々はあちこちから連れてこられた人達です。」
「マジかよ…。でもどうして逃げ出さないんだ?何か弱みでも握られてるのか?」
みな実は辛そうな顔をして答える。
「レイプされて撮影されました、私は…。それをバラされたくなかったら覚醒剤を1億円分稼げと。売っても許して貰える保証はありません。でも私は田中ホールディングスの孫のレイプされたと言うスキャンダルが表沙汰になるのが嫌で、とにかく覚醒剤を男に消費させる役割をこなして来ました。狙った男性にどんどん媚薬と称した覚醒剤を買わせ、消費させ、また買わせて…、その男が太田と言う男から覚醒剤を買った金額が私の稼ぎとなります。だから覚醒剤を使用してのセックス…、いわゆるキメセクで男を夢中にさせて来ました、ずっと…。」
苦しい事実だろうが、誰かに聞いて貰えるという安堵感だろうか、みな実の表情は穏やかであった。