冥界の遁走曲〜第二章(前編)〜-12
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「レクイエム・ホープ!?」
癒姫は驚きの声を上げる。
作業用のデスクの真上に当たる位置でその木剣は剣先をデスクに向けながら浮かんでいた。
癒姫にはレクイエム・ホープを呼び出す必要性が理解できていなかった。
「さて、闘夜君。
わしがどうしてここにレクイエム・ホープを呼んだか分かるかの?」
玄武の謎かけ。
闘夜は一応答えを用意している。
だがそれを言ってもし当たりなら、死をも覚悟しなければならない。
闘夜は心を落ち着かせて、外れである事を祈って言った。
「俺と戦う為……ですか?」
それを聞くと玄武は目を見開いたまま笑った。
「残念じゃがはずれじゃ。
若い者は闘争精神が旺盛じゃの」
闘夜はほっと胸を撫で下ろした。
「この剣を受け継いで欲しいのじゃ」
もしも闘夜がジュースを飲んでいたら例え前に人がいたとしても噴出してしまっていただろう。
それほどまでに驚くべきことであった。
闘夜にとっても、そして癒姫にとっても。
「いけません、お爺様!!
レクイエム・ホープは一神家のみに受け継がれるもの!
断じてよその人に渡してよいものではありません!!」
癒姫は必死になって反論している。
闘夜はそんなに木剣を他の人に渡すのが嫌なのかと思った。
癒姫の次の台詞を聞くまでは。
「何も今……今でなくても……」
台詞の後には癒姫の泣く声が付いていた。
この時期はダメなのかと闘夜は考えた。
「癒姫……これは仕方の無いことじゃ。
盛者必衰の理はいくら死神と言えども変えようが無いのじゃ」
……それってもしかして……
闘夜はようやく状況を把握した。
玄武はもう命が長くない。
だから死ぬ前に闘夜に木剣を託そうとしているのだと。
「だから闘夜君、レクイエム・ホープの事を頼んでも良いかな?」
「それは……できません!」
闘夜は拒否の声を荒げた。
「俺……そんなに偉い人間じゃないし、死神でもないし、って言うか冥界の人間じゃないし……、だから俺が継いだらダメなんです!」
最もな理由ではあったが焦っているところを見ると理由を無理矢理作っているようにしか見えなかった。
「継ぐとしたら癒姫の方が……」
「そういう問題じゃありません!」
癒姫の言葉に止められてしまった。
癒姫は闘夜の隣で泣いている顔を見せまいと手で覆っている。
「失礼します……!!」
耐え切れなくなって走ってドアから出て行く癒姫。
「お、おい!」
闘夜が呼び止めるが癒姫は止まらなかった。
そして沈黙の雰囲気が流れる。
だがいつまでもそうしている訳にはいかない。
……追いかけないと!
闘夜は玄武に背を向けて走り出そうとした。
しかし玄武の一言で止められる。
「待ちなさい」
「早く追いかけないと癒姫が!」
「おぬしの気持ちは分かる。
だが癒姫を追いかけて、何を言うつもりかの?」
「そ、それは……」
考えていなかった。
癒姫の涙を止める方法を闘夜は知らない。
「おぬしはまだ癒姫の事を何も知らん。
あの娘がどうやって生きてきたかを……」
何も言い返せない。
確かに、闘夜は癒姫の事をほとんど知らない。
そんな自分が癒姫の涙を止められるとは思えなかった。