互いの事情-1
翌朝、二人は同じ頃に目を覚ましたが、布団からは出ず、互いに天井を見つめていた。布団の下で少女が小牧の手を握ってきた。
「おにいさんは神様を信じる?」
理科系の小牧は真面目に考えたこともなかった。
「急にどうしたの?」
「いると思う?」
「どっちとも言えない。」
「なに、それ?」
少女は物言いが対等になっていた。
「科学的な話。」
「でも、自分ではどう思うの?」
小牧は、拠り所が他になければ答えられない自分は受け身なのだなと思った。
「君はどう思う?」
「もう!」
少女は布団の下で小牧の男をぐいと摑んだ。目覚めの硬さに少女は驚いたが、小牧のほうでは不自然に曲げられて悲鳴を上げた。
少女は摑んだまま布団を剥いで、生まれて初めての手触りだと言った。しかし、好奇心はまた後で満たせばいいと思ったのか、手は離さず布団を戻すと
「神様がいるなら、なんであたしを幸せにしてくれないのかな。」
手の中で小牧は柔らかくなった。
「ゲームやおもちゃならそうできるけどね。作ったものが自由に動いたほうが面白いだろう。ロボットだって、ラジコンより自分で動くほうがいいし。神様がいるとしたら、そういう訳じゃないの? それとも、ストーリーがあって、役割が決まってるのかな。不幸な設定とか。」
考えて言ってみたものの、答えられたと思えなかった。
「あたしのせいなの?」
柔らかい小牧を握りなおして少女が悲しそうに聞いた。
「そう考えたほうが楽になるときもある。人のせいにしてると結構進まない。神様のせいにしてもおんなじ。一般的な話ね。」
少女は初めて身の上を語った。聞けば、裕福な普通の家庭に思われた。ただ、学校には行けていず、習い事には幾つか通っているという。共働きの両親のいない昼間はインターネットを見て過ごしており、家出の案もそこから見つけたのだそうだ。学校に行かないことは悪いと思うと少女は話した。
「おにいさんのお友達も自分のせいで亡くなったの?」
「まあそうだ。不摂生が祟ったんじゃないかな。でも、環境もあるだろうし、人がそれを全部選べるわけじゃない。自分を変えることは難しいしね。」
無益なことを話しているように小牧には思われてきた。友人の死を少女の家出と比べるのも、冒涜のようなものではないか。小牧は、少女の捜索願いなどで、自分が捕まることを想像した。少女をいかに早く帰すかを考えるべきだと思った。
「学校に行かなくても、代わりになるフリースクールが今はたくさんあるんだよ。」
にわかに説教じみた小牧の言葉に少女は答えず、
「神様はやっぱりいないのかな。助けてくれないのかな。」
声が涙で震えていた。
小牧はこの瞬間、少女の求めていることは、神様がいるという小牧の請け合いなのだと了解した。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はら ばりたや うん。」
「なに、それ?」
「お通夜のときにお坊さんが唱えた呪文。一番効くんだってさ。神様が、仏様かな、聞いて力を貸してくれるんだそうだ。」
僧侶の長い読経を聞いているあいだ、小牧はすることもないので、眠らぬよう、友人を思い浮かべながら心でひたすら唱和して、覚えてしまったのだった。
「お坊さんに合わせて自分も唱えていたら、友達が明るい所で聞いている気がしたよ。」
これは嘘ではなかった。だが、言ってみて、あらゆる過去の表象も、いわゆる死者の霊とかいうものも、また神様も、みな等しく現実なのではないかと小牧に思われてきた。思い浮かべたことと、目の前の現実との違いはどこにあるのか。過去も未来も思い浮かべるしかなく、現在は刻々と過去になっていく。現在こそが特殊な、架空に近いものなのだと言えないだろうか。時間の経った過去とそうでない過去とのつながりの、見えない場合が心に問題だと感じられるのだ。
陀羅尼を唱える小牧の隣で少女の声も唱えていた。