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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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-8

 わたしは売り場のほうへ目を向けた。
 彼女は売り場の奥のほうにいるのか、姿が見えなかった。

「元気そうでよかったね」

 わたしはヒロキくんの手を取って、にっこり笑って言った。
 そうか、だからヒロキくんはあんなに緊張していたのか──。

 ヒロキくんの初恋の女の子。
 引っ越して、雰囲気がすっかり変わってしまった女の子。
 相思相愛だったのに、うまく交差することができなかったふたり。
 ヒロキくんのトラウマになってしまったできごと。

 わたしはとても不思議な気持ちになった。
 彼女とのできごとがなかったら、もしかしたらヒロキくんは今のヒロキくんとは違った人間になっていたかもしれない。

 先ほど、ふたりが交わしていた内容が気にならないわけではなかったけれど、何よりまずはイジメというつらい経験を乗り越えた彼女が元気そうであることにホッとした。

「沙保のことを聞かれたから、彼女って答えた。結婚するつもりだってことも」
「そうなんだ。照れるなぁ」

 わたしは左手で頭の後ろをかきながら、えへへと笑った。
 わたしのことをヒロキくんの彼女だと紹介されるのは、くすぐったくてとても嬉しいことだった。

「沙保」
「うん?」
「あいつに、また連絡取ってもいいかと聞かれた」

 エスカレーターに乗りながら、ヒロキくんがわたしを見上げて言った。
 のぼりのエスカレーターに乗るときに、ヒロキくんは必ずわたしを自分の前に立たせた。何かあったら沙保を受け止められるから、と言って。
 わたしはそんなヒロキくんを見ながら、どう答えたら良いものか返答に困ってしまった。

 あの女の子は、ヒロキくんにとって特別なひと。
 そして、以前ヒロキくんに好きだと告白をしたひと。
 ヒロキくんはその告白を断った。
 それからふたりは疎遠になった──。

 その彼女が今、またヒロキくんに連絡を取りたいと言っている。

 わたしがもし、彼女の立場だったなら……懐かしくて連絡を取りたいと思うかもしれない。
 でも。それはヒロキくんに恋人がいなければ、だ。
 わたしはきっと、彼女の立場だったとしてもヒロキくんに彼女がいたら連絡を取りたくてもくちにはしないと思う。もし自分が連絡を取ることで、何か揉め事とかに発展してしまったら困るから。
 でも……。


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