拾-2
「巫女さんよ、わし、口寄せしてもらいたいのじゃが、銭はない。かわりにおぬしの脚を揉んで疲れをとってやるゆえ、ただで神託を聞かせてはくれまいか」
見れば固太りの巨漢だった。六尺はあるだろうか。放逸な物言いで不敵な面構え。武士のようだが無精髭、衣は埃にまみれ、髷は麻紐で結っていた。普通の娘なら警戒し後ずさるところだ。
しかし、三好青海・伊三兄弟など荒くれ者を幼い頃より見てきた久乃は臆することなく応対した。
「本日は実入りがよかったので、ここで貴男に、ただで口寄せするのは構いませんが、どのようなお告げを聞きたいのですか?」
すると男はふんぞり返った。
「わしがこの先、どのような手柄を立てるか。そこのところを聞かせよ」
久乃はあらためて、この不遜な男を観察した。みすぼらしい身なりのくせに大口を叩くやつがいるものだが、こいつもそのたぐいかと一瞬さげすんだ。が、その瞳を見て、誰かに似ていると思った。
『…………大殿?』
久乃はふいに亡き真田昌幸を思い出した。落魄の身ながらお家再興を夢見て諸国の動静を探り、可能な限り手を打ってきた昌幸。その諦念を知らぬ瞳と同じような色を、この男の双眸は有していた。久乃は少しだけ興味が湧いた。
「分かりました。口寄せいたします。ここでは何ですから、あそこの欅の陰へ参りましょう」
先に立って歩くと、巨漢は薄笑いを浮かべながらついてきた。
大木の根元で向かい合うと、久乃は敢えて重々しい口調で言った。
「神託の前に貴男のことを知る必要があります」
「いいぜ。何でも答えてやる」
「貴男の名は?」
「後藤基次」
「生国は?」
「播磨」
「齢(よわい)は?」
「たしか………五十三………いや、五十四かな?」
というふうに久乃は男から様々な事を聞き出した。真に神がかりとなりお告げをするのは歩き巫女の中でもほんの一握りで、大抵は相手から聞いた事を材料に神託の内容を「捏造」するのだった。久乃も後藤をある程度把握してから、神がかりになった様体を晒して見せ、そうしてからお告げを語った。
「そなたは、この先の戦乱にて武勲赫々、功名を立てるであろう。しかし、先走りは禁物。手を携えし者どもと離れて戦えば、死地に追い込まれることにもなろう。それだけはゆめゆめ忘れぬように……」
久乃は諸国行脚の途中で耳にした世の動きと、男の態度から推し量れる我の強さから神託の内容をこしらえたのだが、後藤は笑顔で何度もうなずき、満悦の体(てい)だった。
「いやあ、いい御神託であった。わしにも運が向いてきそうじゃな。…………あ、先ほど言うたとおり銭は無いゆえ、そこもとの脚を揉んでやろう。ささ、ちょうど手頃な石がある。そこへ腰掛けよ」
「いえ、……遠慮いたします」
「何を申す。ほうぼう歩いて疲れておるだろう。筑前の国で古くから伝えられし按摩の技、それを施してやろうというのだ」
「筑前?」
「拙者、生まれは播磨なれど、筑前にも長きにわたり住んでいたことがあっての。ささ、遠慮せずに、そこへ腰掛けよ」
邪気のない笑顔を向けられ、久乃はとうとう按摩を受けることになった。
ふくらはぎを揉まれ、くるぶしに指圧を受けている間、久乃はまた後藤を観察したが、やはり雰囲気が昌幸に似ていた。気さくな感じだが、何度も修羅場を潜ってきた凄みのようなものを内包しており、かといって殺気を迸らせているわけでもなかった。
「揉む加減はどうじゃ、痛くはないか?」
「いえ、……ちょうどよい加減でございます」
節くれ立った指が白い脛に食い込む。それが繰り返されるうちに、脚の疲れが消えてゆくような感じがした。
男の指は膝裏も指圧し、やがて太腿にも這い上がってきた。
「あ……そこは……」
久乃が手を後藤の腕に添え、拒絶を示した。が、男は太腿の内側に手を滑り込ませ、声を低めて言った。
「若い巫女さんの脚を揉んでいるうちに何だか生(お)えて(勃起して)きたわい。おまえ、転ぶ(密かに売春する)こともするんだろう?」
たしかに久乃は巫娼でもあった。が、徳川の情報や、その他役立ちそうな事を握っていそうな男以外に身体を開くことはしてこなかった。
「後藤様。おあしが無いのでしょう。ただで口寄せはいたしましたが、転ぶには銀一匁はほしいところでございます」
「……おまえ、先刻、わしが戦で功名を立てると申したな?」
「……はい」
「功成り名を遂げた暁には銀一匁と言わず十匁も払ってやろう。だから『つけ』でやらせろ」
「つけで……?」
久乃は呆気にとられたが、どこか憎めず、「昌幸の空気」を纏う後藤をとことん拒む気にはならなかった。
「やらせてくれ」「でも……」の押し問答を繰り返したあげく、ついに久乃から次の言葉が出た。
「やむを得ません。承服いたしましょう。でも、野姦は好みませぬ。どこぞ、屋根のある所で……」
「それならば、向こうにあばら家がある。そこへ参ろう」
二人して無人の廃屋に入る。