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『望郷ー魂の帰る場所』
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『望郷ー魂の帰る場所ー第三章……』-6

人はそれを荒唐無形な考えと呼ぶかもしれない。だが人はどれだけ人体の神秘を認識しているのだろう。

医師として勤務する傍らで田神自身、奇跡としか呼べない様な現象に遭遇した事がある。

臨死体験談を始め、危篤患者を数十kmも離れた自宅で見掛けたとか、両腕を骨折した患者の部屋の物が勝手に移動していたなど、数多くの不可思議な現象に遭遇している。そして大概の人は解明出来ない現象に遭遇した時に思考を停止させる。

偶然、気のせい、見間違い……

決してその先へと考えを巡らす事などしない。何故なら解答を導き出す事が出来ないからだ。しかし田神は思考を停止させなかった。例え異端視されようと嘲りを受けようと真理を、答えを求めた。その結果、以来十数年に渡り一人で研究を続ける事となる。

そこへ今回の事件が起きた。被害者の証言が一番信憑性が高いとは言え、警察の捜査は難航するだろう。何故なら、仮に犯人とされる女性を発見出来たとしても、犯行を立証する事など出来はしない筈だからだ。

証拠不十分で不起訴……

そこが関の山だろう。そしてマスコミが騒ぎ始めれば事の真相に関わらず、犯人はその能力について完全に沈黙してしまうかもしれない。だがそれでは困るのだ。だからこそ田神は警察を出し抜いてでも犯人と接触したかった。

自身の研究の為に。

そして、乱暴な手段ではあるが犯人を特定する為に逆行催眠を行う事を決めた。そこには田神なりの推論がある。ひとつには、犯人は誰かを捜しているらしいと言う事。もうひとつは現時点では対象者に対して、殺意を抱いている訳では無いと言う事。

その理由は、都市伝説の様ではあるが不特定の人物に対して質問をしている事。信憑性に欠けるが事実であるとするなら犯人は誰かを捜している事になる。

そしてもし対象者に殺意を抱いていたのならこれだけの能力を持ってすれば躊躇する事なくとどめを刺すだろう。しかし、敢えてそうしないという事は何よりも捜す事を優先しているのだろうと考えられる。

危険な賭けではあるにせよ、そこに取引きを行う余地が残されているのかもしれない。つまりは犯人が捜す『何か』を手伝う代わりに自身の研究に協力を願う。危険は伴うが犯人の素性を抑えた上でなら、自衛を含め何らかの対処も取りやすい筈だからである。

一見、大胆に見える田神の行動の裏には綿密に計算された考えがあるのだ。しかし、そんな田神にとって唯一の誤算があった。それは宏行の痣についてであった。

それは聖痕(せいこん)とでも呼ぶべき現象であった。古来、ヨーロッパでは敬謙なクリスチャンが多いせいか、人体に突然浮かび上がる文字や傷を神からの啓示であると信じて聖痕と呼んでいた。

突然に浮かび上がり、数分……或いは数時間後には掻き消える。宏行の首に現れる現象は、それに酷似していた。

事件が起き始めた頃からこの現象が起こる様になったのだと宏行は言う。単なる偶然と片付けるよりは、寧ろ何らかの関連があると思う方が自然ではないだろうか?

ならばそこにはどんな因果関係が?

田神の中で渦巻いていく疑問。

「足りない……くそっ!!足りな過ぎるんだ!!」

苛立ちを露わに田神は叫んだ。


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