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『望郷ー魂の帰る場所』
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『望郷ー魂の帰る場所ー序章……』-1

小高い丘から、眼下に拡がる街並み……

そこに一人の少女が立っている。街を見渡せるこの場所が彼女にとってのお気に入りだった。彼女の隣りには壮大な……そんな形容がよく似合う程、巨大な杉の木が立っている。

『真冬……やっぱりここにいたのか。』

自分を呼ぶ声に彼女が振り返ると、学生服姿の少年が歩み寄ってきた。端正な顔立ちに軽い憂いを漂わせた少年は、少女の脇に腰を降ろす。

『うん……宏行。』

そのまま言葉を交すことも無く二人は佇む。そよそよと、初夏の匂いを含んだ風が優しく凪いで行く。

『あの祠(ほこら)、誰かが直したんだな……』

宏行がふいに口を開いた。少年の視線の先に、杉の木がある。その根本には小さな祠があった。

『そうね……こうしてると、まるで何も無かったみたいよね。』
『ああ……』

真冬が答え、宏行も頷く。高い空が夏の近づきを告げていた。


遥か昔、時代は戦国へと遡(さかのぼ)る。

当時この地方を治めていた小さな国があった。決して豊かな国では無かったが心優しい領主と農民がつつましく暮らしていた。領主には美しい一人娘がおり、名を千と言う聡明な優しい娘であった。

「千!……とうとう隣国の領主から、そちを嫁に欲しいとの書状が届いてしまった……」

苛立たしげに歩いて来るとドカッとあぐらをかいて座り、苦々しい顔をしたまま領主は呟く。

「嫌です父上!隣国の領主は好戦的な好色家と聞き及んでおります故。わらわは、その様なところへなど嫁(とつ)ぎとうありませぬ!」

千は頭(かぶり)を振り、領主に訴えた。

「しかしだな千……。隣国はあまりにも強大、逆らえば我が国はどうなることやら……これも戦国の世の倣(なら)い、堪(こら)えてくれ千。」
「い、嫌です…父上…」
「千!!」

領主の激しい怒号に両手で顔を覆うと、千は庭へと駆け出して行った。その姿を目で追ったまま、領主は深い溜息を付く。

「不憫(ふびん)よの……許せ、千……。弥太郎!弥太郎は居るか!」

その声に合わす様に、襖(ふすま)がスッと開き、一人の若い小姓が片膝を付いて控えた。

「弥太郎…ここに。お呼びでございますか?」
「おぉ、弥太郎。こたび千の婚礼の儀が決まった。不憫ではあるが致仕方あるまい。その方からも、なだめてやってはくれぬか?」

領主の言葉に一瞬体を震わせたのち、重苦しい表情のまま、弥太郎は口を開いた。

「わたくしがでございますか?恐れながら、その様な大役とても……」
「あやつが一番気を許しておるのは、そちであるからのう……頼む!」

領主はあぐらをかいたまま、頭を下げた。

目下の者へ頭を下げる……

この時代において、それが意味することはあまりにも大きい。弥太郎は襟をただし両膝を付くと頭を下げた。

「お止め下さい!お館様……。かしこまりました、弥太郎行って参ります。」

立ち上がり、一礼すると弥太郎は庭の方へ歩いて行く。

庭に近付くにつれて、段々と微かなすすり泣きが聞こえてくる。白州(しらす)に降りるとワザと音を立てて歩き、側まで来た弥太郎は膝を折って頭を下げた。

「……千姫様……」

千は、慌てて袂(たもと)で顔を拭うと何事も無かった様な顔で振り返った。

「弥太郎か………。今宵も良い月じゃな……」

そう言う千の言葉は微かに震えていた。しかし、姫君としてのプライドなのか気丈に振る舞う。

「仰せの通りで……」

そう答えたものの、弥太郎は同じ姿勢を崩さない。そんな様子を見て千はフッと口許を緩めた。

「嘘をつけ……月など見ておらぬ癖に……」
「申し訳ありません。」

他愛もない、いつもの会話……しかし、それこそが今の千にとって何よりも心を落ち着かせてくれた。

「よいよい……父上に言われて、わらわの様子を見に来たのであろう?」
「仰せの通りで……ございます……」

千は弥太郎と向き合い、膝を折ると目線を合わす。

「のう……弥太郎。顔を上げてくれぬか?」

弥太郎が、ゆるゆると顔を上げていくと、そこには自分を見つめる淋しげな笑顔があった。


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