『望郷ー魂の帰る場所ー第三章……』-4
そう、親友を襲った犯人に先手を打つ事が出来るのだ。田神の思惑の真意が何なのかは宏行にはわからない。だが今はそれに賭けるしか無い。だからこそ宏行は田神の提案を承諾した。あくまでも周りを巻き込まない事を前提にして。
「宏行は信用してるの?あの医者のコト……」
押し黙っている宏行に業を煮やした様に真冬は言葉を続ける。
「正直言うと、よくわからない。でも、あいつは確信があるみたいなんだ。それに……」
「それに?」
「俺は許せないんだ。彰人をあんな目に遭わせた奴が……」
硬く握り締めた宏行のこぶしが小刻みに震える。努めて冷静に話す宏行だが、震えるこぶしが心に渦巻く怒りを物語っていた。
「ねぇ宏行……無茶しないでね。あなたに何かあったらあたし……」
「わかってるさ。俺は犯人がわかればそれでいい。その先は警察の仕事……そう言いたいんだろ?」
肩の上で真冬は小さく頷く。こぶしを解いて宏行は軽く真冬の背中を叩いた。
「さ、明るいところまで送るから、真冬も家に帰れよ。」
「うん。」
今、時刻はすでに零時を回っている。しかし、不夜城とも言えるこの場所は、絶え間無く車が行き交い喧騒が辺りを包んでいた。そんな街を少し外れたところに二人はいた。
「ねぇ宏行。ここまででいいよ。もう大丈夫だから。」
真冬の家までは、ここから程近い。だが宏行はフッと小さく息を漏らして肩を竦めた。
「途中までって思ってたんだけど、こんなに遅い時間じゃ違う意味で危ないから家まで送るよ。」
「うん、ありがとう宏行。ねぇ、その何とか催眠っていつするの?」
真冬の家へと歩く道すがら、そう尋ねられた宏行はそっと頭を振った。
「まだわからない。いろいろ準備もあるみたいだし、用意が出来たら連絡くれるコトになってるんだ。」
「そう……」
その後、とりたてて会話も無く、無言のまま真冬の家まで二人は歩いていった。
「ありがとう、家まで送ってくれて。帰り……気をつけてね宏行。」
「ああ、じゃあな真冬。」
真冬の家まで来た宏行は笑顔で短く答えると、ひらひらと小さく手を振って家を後にした。
六月の夜は蒸し暑い。
深夜だと言うのに湿度が高いせいで、生温い大気が身体を包んでじっとりと汗ばんでいく。それでも多少の遠回りではあったが人通りの多い道を選んで宏行は帰路についた。黙々と無言で歩き続ける宏行の足音は、次第に意識の中から掻き消えていく。
もうすぐ犯人がわかるかもしれない……
今、その事だけが頭の中は反芻していた。無論、そうなれば更なる犠牲者を出す事も無くなる筈であるし、彰人の仇も討てる。