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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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 慶長十四(1609)年。出雲のお国が他界してから(世間的には行方知れずとなってから)二年が過ぎた。
 紀州、九度山では幸村の長男、大助が七歳になっていた。少年とはいえ連日、幸村から槍の稽古を受けていたので身体は引き締まっていた。だが……。

「ほうら。それくらいしか力が出ぬか。非力だのう」

大助と相撲をとっている稀代がからかう。主君幸村の子息であっても呼び捨てだった。
 三好清海入道・伊三入道兄弟の従姉妹である稀代は十四歳になっていた。幼少より発育はよかったが、今や背丈は大人の男と肩を並べ、胸は豊満、腰はどっしり。

「くそっ……、稀代なんぞに負けてたまるか!」

大助が渾身の力を込めて押そうとするが、顔が乳房にめり込むだけで相手はビクともしない。そして、稀代が大助の頭を太い腕で掻き抱くと、少年は息苦しくなりじたばたする。

「稀代姉(ねえ)、窒息させるなよ。あたいも大助と相撲とりたいんだからさ」

稀代の妹の伊代が声を掛ける。彼女はひとつ下の十三歳。稀代に負けず劣らずの良い体格だが、顔つきは伊代のほうが少しだけやんちゃだった。

「伊代はすけべえだから、相撲の最中に大助のちんちんを握るだろう」

「金玉を握るんじゃないから痛くないさ。竿のほうだから大丈夫だよ。なあ、大助」

「竿だっておまえの馬鹿力で握られちゃあ、たまったもんじゃないよ」

「おや、あたいは優しく握ってるがねえ。どれくらい成長したか確かめるつもりで」

「大助はまだ七つ。成長もなにもあったもんじゃねえ。この馬鹿が!」

稀代・伊代姉妹はいつもこんな調子で大助に接していたが、傀儡(手遣い人形)の芸を習得した音夢と睦は大助には厳しく接していた。それというのも、大助は傀儡の興行で裏方として修行中だったからだ。

「ほうら、大助。傀儡の交換、手早いのはいいけれど、放ってよこすんじゃないよ。あたしが取りそこねたらどうするのさあ」

稽古の場で音夢がおっとりと叱る。語気は荒くないが、仕事がきちんと出来るようになるまで稽古を繰り返すので、大助は大変だった。

「音夢の稽古終わった? じゃあ、大助、こっち手伝って」

睦が腕まくりして細い腕を見せながら興行で使う舞台の柱に筆を当てている。舞台といっても小さなものなのだが、旅回りで風雨に晒されるので、塗りの禿げた部分を修繕することがたびたびあった。大助はそれを手伝い、傀儡芸を演じる時に吹く笛を担当することもあった。
 幸村の嫡男ならば剣術の稽古や書を読むことだけしていればよさそうなものだったが、大助の親は傀儡芸を手伝わせ、銭を稼ぐことの大変さを教えようとしていた。
 傀儡の興行では人形芸を見せるのが本来であったが、客の中に分限者(金持ち)がいると見れば、音夢や睦は舞台が跳ねるとその客に近づき、夜の誘いをもちかけ、少なからぬ銭をせしめることもあった。
 もっとも、真田傀儡女の興行は金目的のためだけに行われるのではなかった。演目のひとつ「上田合戦」で真田の戦いぶりを喧伝し、昌幸・幸村の名を広めようという目算もあった。
 演目には天正十三(1585)年の第一次上田合戦を取り上げたものと、慶長五(1600)年の第二次上田合戦の模様を語るものがあったが、後者は関ヶ原の戦に関係する話でもあったので、こちらのほうが客の受けがよく、演ずる機会も多かった。

「時は慶長五年八月、徳川秀忠率いる三万八千の兵が真田討伐のために江戸を進発……」

舞台を塗り直す睦と大助の後ろで、由利鎌之助の妹、由莉が語りの稽古をしていた。傀儡芸では男女の関係を滑稽かつ淫猥な踊りで見せる時、大助が笛、早喜が唄を合わせるのだが、「上田合戦」の語りは由莉が担当し、早喜は唄ではなく太鼓の桴(ばち)を持った。以前は早喜の母、千夜が語り手になることが多かったが、近ごろ千夜は別なことで忙しいようで、由莉に役割を譲ろうとしていた。早喜には桴さばきを伝授している。

 大助の笛に合わせ、太鼓の練習に励む早喜。以前の早喜は体術の訓練は熱心なものの、唄や太鼓の稽古にはあまり身が入っていなかった。しかし、お国の死を目の当たりにして以来、瞳の力強さが違っていた。

『わたしを鍛えてくれた国姉(ねえ)に報いるためにも、唄がもっと上手くならなきゃ。そして太鼓も』

この想いは早喜の唄と太鼓の腕前をめきめき上達させた。そして、男との同衾も以前に比べればいくぶん積極的になり、早喜と寝ることが出来た庄屋の息子や土豪のせがれはそれを自慢するようになった。なにせ容姿が可愛く、すれた感じもあまりしない早喜との交情は男にとっては嬉しいもので、恥じらいながら早喜が感じる様子を目の当たりにした男は春季到来のごとく浮き立つ気分になり、魔羅の抽送に力が籠もるのであった。ゆえに、男どもの間では「春伽(はるとぎ)早喜」という通り名が囁かれていた。

 ところで、手遣い人形の芸だけでは人をあまり呼べなかった。そこで、お国一座の二番手だった宇乃がおたふく面を付けて踊りを披露し、稀代・伊代姉妹が女だてらに大俵担ぎの芸を見せるなどして、いわゆる「真田傀儡一座」は雑多な芸で売っていた。

「明日は和歌山城下で興行だけど、『上田合戦』は天正版、慶長版、どっちでいくんだい?」

由莉に宇乃が聞く。彼女は踊りの師匠、お国を失ってしばらくは鬱々とした状態だったが、内に秘めたものもあって、それを心のよりどころとして自分の踊りに磨きを掛けていた。

「やっぱり受けのいい慶長版でいくよ。城下での興行だから気を入れてやる。その前に宇乃の踊りで客を湧かしておくれ」

「まかせておきな」

宇乃が由莉の肩を叩く。お返しにと由莉が叩いたのは宇乃の尻だった。叩くというよりは揉むという感じで、由莉の同性好きは相変わらずのようだった。


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