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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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 佐助の相手はただの手練れなどではなかった。怪物だった。八魔多は壁に掛かっていた木製薙刀を左右の手に一本ずつ持つやいなや、まるで細い枝でも扱うように軽々と振り回し、佐助に挑んでいった。稲妻のごとき薙刀は佐助の得物を続けざまに打ち、十合目の渾身の一撃で忍刀を弾き飛ばしてしまった。鎌之助がすかさず助太刀に入るも、八魔多の両手の薙刀は鎌之助の槍を寄せ付けず、逆に怒濤の連撃で押しまくる。
 一方、才蔵と小太郎は一進一退の鍔迫り合いを演じ、道場の戸を押し倒し、そのまま外に出て、闇の中で斬り合いを繰り広げ、二人の刃のぶつかる音は徐々に遠ざかっていった。
 屋内では佐助が苦無(くない:細長い両刃の小刀のような武器)を取り出し八魔多と応戦し、鎌之助が隙を狙って槍を繰り出した。加えて、六郎と宇乃、そして早喜が稽古用薙刀を手に参戦した。五対一である。さしもの八魔多も分が悪い。しかし、彼の得物が旋風を起こして振り回され、その回転が目にも止まらぬほどの速さになって誰も近づけなくなった時、八魔多の足下に伏しているお国の身体があった。
 ふと、旋風が止んだ。次の瞬間、八魔多はお国を担ぎ上げていた。そして、崩れた窓へ跳んだ。巨躯を通すに窓枠は小さかったが、八魔多は蹴破り塵埃もろとも屋外へ躍り出た。その衝撃と冷たい夜気がお国の意識を取り戻させた。そして見た。自分を見つめる真田の面々を。そして聞いた。八魔多の次の言葉を。

「この場ではお国の口を割らせることは出来なかったが、余所(よそ)へ連れてゆき、そこで吐かせよう。お国に荷担した者の名前をな」

言い終わらぬうちに無数の足音が近づき、闇に殺気が満ちた。服部家の屋敷より馳せ参じた伊賀者の集団だった。

『このまま拉致されて同じ責めをくらったら……』お国は思った。『自分の口から昌幸の名がこぼれ落ちるだろう。そうなったら真田家は完全にお取り潰し……』

お国はまた自分を切なく見つめる面々を見た。宇乃を、六郎を見た。早喜、佐助、鎌之助を見た。彼らは家康に仇なす真田の郎党。ここでこの身が果てたとしても、代わりに大御所を討ってくれるだろう。自分が果たせなかった宿願を叶えてくれるだろう。
 そう思った時、お国の顔に勃然と「覚悟」が表出した。そして、自分を担ぐ八魔多の耳元で吠えた。

「下郎、見よ!!」

眼(まなこ)がクワッと見開かれ、次の瞬間、お国は己の舌を噛んだ。
 開かれた眼が血走った。口から血が噴きこぼれた。

「国姉 ―――――――――――――――――――― !!!!」

宇乃が、早喜が、叫んだ。
 お国の身体が八魔多の上で反り返り、硬直し、宇乃らの叫びが続く中、さらに硬直し、そして、舞の所作を急に終えたようにダラリと力を失った。

「ちっ。自ら命を絶ちやがったか」

八魔多は吐き捨てるように言うと、お国を着古した簑(みの)のようにうち捨てた。

「俺様は消える。……おまえら、後始末をせい!」

伊賀者の頭領の命(めい)で手下どもは真田の郎党に躍りかかった。
 八魔多には苦戦したものの、佐助は体術の達人、鎌之助は槍の妙手、手負いなれど六郎も強者。そこへ風魔小太郎と斬り合いの末、追い払うことに成功した霧隠才蔵が駆け戻った。
 伊賀者の数は多かったが、真田四勇士の敵ではなかった。早喜と宇乃も木製薙刀で応戦し、ついに徳川方の忍びの者をことごとく退散させた。

 戦い終えて、東の空が白み始めた時、啜り泣きの声がお国の遺骸を取り巻いた。とりわけ、宇乃の悲しみは深く、滂沱の涙が止まらなかった。早喜も衝撃のあまり、肩に置かれた兄、佐助の手の温もりを感じることが出来ないでいた。

 しかし、やがて稜線に日輪の端が現れた時、宇乃の瞳の奥には小さな炎が宿り、早喜の双眸にも同様のゆらめきが生じていた。


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