〜 金曜日・回想 〜-2
選抜合宿では、ずーっと隣の子を真似し続けた。 隣の子……というか【22番】さんなんだけれど、どう動いていいのか全く分からなかったから、ひたすら後ろから彼女についていった。 そしたら彼女の行動が悉(ことごと)く正解になって、いつの間にか私も合格者の中に入っていた。 もし合宿での私の席が【22番】さんの後ろでなかったなら、絶対ここにはいられなかった。 合宿の途中から猛烈な悪い予感に襲われていた私は、きっと途中でリタイアして、映像で見せられたような悲惨な末路に堕ちていたと思う。 最後まで踏ん張れたのは彼女のお蔭だ。
でも、そんな気持ちを行動にうつしたりはしない。 というか、できない。 彼女に対しても、まだ感謝の言葉1つ口にしてない。
『学園』は私にとって憧れの場所だった。 エリート中のエリート、保障された進路、自力で未来を選べる場所。 それが、私にとっての『学園』だった。 想像していたのとは違っていても、私が今この場所に、『学園』の生徒として存在している。 こんなことがあるなんて思っていなかったし、まして実力だなんて思ってない。 なんだかんだいっても、この世界で人がましく生きるには、『学園』を卒業することが必須なんだから、『学園』は特別に高貴な場所なのは間違いない。
ただ、成績優秀者に選ばれた当時は、これで将来が開けたと思っていたけれど、その考えはとんでもない間違いだったというだけの話だ。 今になって思えば悪い冗談としか思えないくらい、私は『学園』に入ることを熱望していたが、現実を知らない者の特権だったというわけ。
私は醜いアヒルの子。 明るい未来が用意されているわけがない。
ツイ。 そろり。
股布を直し、起きあがる。
きっと今日も、いままでみたいに悲惨な一日になるんだろう。 動物のように躾けられ、無理難題に苛まれ、尊厳をはぎ取られる連続なんだろう。 鞭で打たれながら笑顔で歓喜する振りを強制され、直流電流で苛まれながら絶頂させられ、自分を高める余地なんてあるわけがなく、只管迎合して恐縮して懇願して絶叫して……それでも私たちに逃げ出す場所は存在しない。 学園から逃げ出したとして、匿ってくれるアテもない。
「そろそろいかなくっちゃ……」
タッタッタッ。
ほとんど全裸に近い姿の同級生に混じり、教室を目指す。 この調子で歩いてゆけば、ちょうど教室に15番目くらいにつくだろう。 早くもなく遅くもない順だ。 目立たなくて丁度いい。 吐気を堪えて汚物を呑み込むことは出来た。 痛みに耐えて喘ぐフリをすることも出来た。 人目を憚ることなく愛液を迸らせることも出来た。 みんながやっていることを必死で観察して追いかけたこの3日間は、矢面に立つことなく乗り越えられた。 この調子で、教官も学園も講義も休み時間も、何もかもをやり過ごしたい。 それだけで将来が開ける保障はないし、正面からぶつかるような、もっとベターな道はあるんだろうけれど、私は今までやり過ごすことで生きてきた。 だとすれば、これからもやり過ごしたとして、それでいいと開き直っている自分がいる。 最善を尽くして乗り越えるなんて、柄じゃないし、絶対無理。
生きてるだけで怖いんです。 すごく、すっごく怖いんです。
私にできることは、隅っこに隠れること。 目立たないように、イジメられないように、一番後ろの端っこで、息をひそめて過ごすこと。 もしも神様が見捨てないでいてくれれば、いつか運よく日の目がチラッと注いでくれるかもしれなくて、私にはそれで十分です。
スタスタスタ。
目線は下に。 誰よりも下に。 それでいて視野を左右に伸ばし、辺りの様子を伺いながら。
歩幅は狭く。 足音は小さく。 それでいて誰かの陰に隠れ、怖い人の視線を遮るように。
下足棟につくと、ガラス張りの戸に暗い表情の少女が映っていた。
ガラスに映った私だった。
無理をして束の間笑ってみた。
強張って、引きつって、ヒクヒクして。
……自嘲でしかない笑顔だった。