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「おー、真理。ヤバいぜ、黛の意外……でもねえか、キャラぴったりだもんな。まー、新たな一面が明るみに出ちゃったよ」
「え、守にいちゃん、なにそれ?」
溌剌とした笑顔のまま、「なんのこと?」という表情を、にいちゃん呼ばわりした先輩へ向けたあと彩希へと向けた。だが彩希が何も言わず目を細めただけだったから、最終的に康介の方へ顔を向け、表情で「この人は?」と伺った。
「あ……、えっと。あ、姉貴」
姉貴などと呼ばれたことが無いだろう彩希の眉間が寄った。それを見た康介は消えてしまいたそうにしている。
「あっ、こ……。黛くんのお姉さんなんですね。私、桜井真理子といいます」
あ? いまこの女、「こ」って言いかけたな?
背中から噴き出した、そんな彩希の闘気を由香里はモロに被った。由香里は後ろからそっと彩希の腰に手を掛ける。いざとなれば、ここを握ることで少しは抑止力になる筈だ。
「……こんにちは。康ちゃんの……、……。……姉の彩希っていうの」
「よろしくお願いします。……すっごいキレイなお姉ちゃんだねー」
由香里の心配をよそに、真理子は康介の方を向いて更に笑顔を綻ばせた。
「……康ちゃん、この子何者?」
どう見ても康介に対する真理子の距離が近い。いつでもソッと体に手を添えることができる。もうムリ、私、吐きそう。由香里はハラハラとしながら、真理子の手が決して康介に向けて持ち上がらないように祈った。
「あ、あの……」
「俺の親友、っつーか幼馴染の妹なんですよ。真理、なんて呼んでますけど、俺はこんな子供にはなーんの興味も無いですから安心してください」
守にぃが答えたが、彩希は彼には訊いていないので当然無視された。
「もぉっ、守にいちゃんヒドいっ」
拳で守にぃの胸板を軽く小突く。その仕草なんなの。残りの二人の女子高生がキャッと赤らんだ。どうやら二人のお目当は、この守にぃらしい。
「しっかし男女みたいだった真理が一目惚れしちまうなんてなぁ……。まさかお前が黛と……」
「て、寺田センパイ! あ、あのっ……」
勝手にベラベラ喋ろうとする寺田を康介が慌てて止めた。……しかしさしもの彩希も、寺田が何を言おうとしたかは分かってしまったようだ。
「……康ちゃん。この子、何者だって聞いてんの。お姉ちゃんに言えないの?」
「ほらな? 黛てば、シスコンだってことが判明したわけよ。真理、別れるなら今だぜ?」
寺田が茶々を入れて面白がってくる。康介の返事を待っていた彩希だったが、弟がずっと黙っているので、
「寺田? さん」
「あー、ハイハイ、何でしょう、オネーサン」
「康ちゃん、これから少し借りていいですか?」
「今日は帰るだけっすから、いいっすよ?」
「ね、姉ちゃん……」
康介が何か言おうとすると、
「桜井さんもいいかな?」
機先を制して真理子のほうを向いた。「康ちゃんの『カノジョ』とお話ししてみたいんだ」
おお、自分で言った。はい、と何も知らない真理子が笑顔で答えている。いや、やめといた方がいいんじゃないかなぁ。
「んじゃ、オネーサン。俺のほうにも興味あったら黛経由でいつでも連絡くださいねー」
寺田がチームメイトを引き連れて帰路につく。真理子も友達二人のところへ行って事情を話して先に帰ってもらうようだ。康介はずっと視線を伏せていた。彩希が静かに待っているのが不気味だったから、由香里はその間に店に電話をし、ペナルティ覚悟で欠勤する旨を伝えた。
西船橋を超えた辺りで日が完全に沈んだ。
「なんでこんなことになっちゃったのかなぁ……」
彩希が呟いた。
「うん……」
由香里が頭に手を置いて撫でると、小刻みに震えていた。黒くなって所々明かりが灯る街並みが流れていく。なんとなく、康介が真理子に向かって手を挙げた瞬間から、こうなるかもしれないことを由香里は予感していた。そして彩希も、容易には認められなかっただけで、心のとこかで自分の中で育んでいた光景が現実とズレていることに気づいていたのではないか。
「康ちゃん取られた」
「……うん」
「どうやったら取り返せるんだろ?」
「うん。……、……ね、サキ」
「いい考えあんの?」
顔の前に垂れて頬や唇に貼り付いている髪の隙から、涙に濡れた瞳が由香里を頼ってくる。電車の中ではタバコが吸えない。由香里は彩希から目を逸らして窓を眺めた。
「……もう、やめなよ。康介くん、弟だよ?」
「何言ってんの?」