５．-5
「……間違ってる、なんてことは言わんけど。でもさ、もっと良さげで、もっと楽チンな男、いっぱいいるよ。東京、人で溢れ返ってんだから」
彩希は拳を由香里の肩へ飛ばした。だが殴ったとは言えないほど弱々しい。
「なんで？ ユッコまで私のこと見捨てるの？」
「見捨てねーから言ってんの。だいたい……」
次こそ顔面にパンチが飛んでくるかな。顔腫らしたら、暫く店に出れないな。そう思ったが、由香里は真摯な顔を彩希に向けた。
「康介くんがハッキリ言ったじゃん」
――競技場と駅の間にあったファーストフード店に入った。由香里がいつでも彩希を制止できるように隣に座ったから、当然康介と真理子が対面に座った。肩どうしの距離が近い。そんな二人を、彩希は晒した美脚を組み、腕組みをし、眼の玉を凍らせた視線で見つめていた。
「いつから付き合ってんの？」
「……え、あっ……」
いきなり本丸を攻め始めた彩希の質問に真理子が頬を赤らめた。チラリと康介を見て微笑む。だか康介は真理子の視線には応えず、姉にも目を向けられないから紙コップに突き刺さったストローの先を見ていた。
「四月の二週目くらいだったかな？ 康介くん？」
康介の姉に彼女として認識されたと勘違いした真理子は、遂に普段の呼称で彼氏を読んでしまった。
「う、うん、そうだったかな……」
「ふぅん……。東京きて結構すぐじゃん」
「そ、そうだね」
彩希はアイスカフェオレを一口啜って喉を潤すと、
「どっちから言ったの？」
「え？」
「付き合おうって」
「そ、それは……」
康介が躊躇する側で真理子は照れ笑いのまま、
「私から、です。ウチの学校、中高一貫なんですけど、高校から康介くんが入学してきて……もういきなり女子の間で噂になっちゃって。これは早くしないとヤバいって焦っちゃったんです……」
なんでこの子、彩希が不機嫌なのに気づかないのかなぁ、腹立つなぁ。由香里が彼氏の姉を前にはしゃいでしまっている真理子に苛立っていると、ズッと音を立てて彩希がカフェオレを飲み干し、カップの蓋を取った。おいおい、ソレを頭からぶっかけるのはやめとけよ、と心配していると、カップを傾けて氷をバリボリと食べ始める。まるでせめて煮沸する怒りを少しでも冷やさなければ、会話が続けられないようだった。
「……もうヤッたの？」
「……え？」
訊かれている意味が入って来ず、真理子は笑顔のまま聞き返した。
「ね、姉ちゃんっ……！」
「サ、サキ……」
すぐに理解した康介と由香里の声は彩希には届かなかった。
「もう康ちゃんにさせてあげた？」
周囲には学生や家族連れもいるが、お構いなしにカップをテーブルに強めに置き、頭を揺すって金髪を肩の後ろに払うと、顕になった両眼で真理子を睨み据えた。こうなると、さすがの真理子も彩希の異変に気付いたようで、
「あっ……、えっ、あの。そんなこと……」
笑顔が消えて顔が強張る。彩希はそのまま康介に目線を向けて、
「康ちゃん、もうこの子と一発させてもらった？」
「やめろよっ！ 姉ちゃん」
康介が怒りと恥ずかしさに紅潮して声を上げると、周囲の客にもこのテーブルの不穏が伝わってしまった。
「サ、サキ……。やめな」
由香里が彩希の袖を引いたが、苛立たしげにテーブルにネイルを鳴らして糾弾を続ける。
「なんで？ ずっとヤリたがってたじゃん。手近にヤレそうな子がいたから、付き合っちゃったんでしょ？ ダメだよー？ そんな理由で告白ＯＫしたら」
「やめろっ、真理子はそんなんじゃないよっ」
康介の口から真理子の名が出て、彩希は一瞬言葉を詰まらせるも、
「……ふぅん。まだヤッてないんだ」
もう一度氷を食べ、「真理子ちゃん」
怯え始めた真理子を向いた。はい、と声にならず、唇の動きだけの返事をする。
「康ちゃんてさ、サッカーのプロになるために東京に出てきたの。あんたみたいなビッチと遊んでる暇なんかないんだ。ジャマにしかなんないから、とっとと別れて、二度と康ちゃんに近づかないでくれる？」
彩希の言葉を聞いているうちに真理子が肩を震わせて涙を流し始めた。
「姉ちゃん、何なんだよっ！ 何言ってんだよ！」
「康ちゃん、騙されてるよ？ この子、今の間にツバつけようとしてるだけ。まだヤッてないなら別れられるでしょ？ こんなカルい子じゃなくてもさー、お姉ちゃんが……」
「ひどい……」
「やめろって！」
康介が両手で顔を覆って泣き始めた真理子の肩に両腕を回して姉を睨み返した。
「え？ 康ちゃん、何してんの？ ……ちょっ、真理子ちゃん。やめてよ、康ちゃんのこと騙すの」