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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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理由-7

 怪我って、何?
 どういうこと?
 血が出ているって?
 菜里香が雅也を──刺した?
 まさか!

 玄関のドアの鍵を開けようとした瞬間、大きくてあたたかい手がわたしの手を止めた。
 同時に玄関のライトが灯る。

「沙保さん」
「あっ──起こしちゃったかな、ごめん」

 わたしの部屋に泊まるときにとふたりで選んだプルオーバーにネイビーのざっくりカーディガンを羽織ったヒロキくんが、タオルを持ったわたしの手を引いて首を横に振った。

「僕が出ます」
「でも……」
「いいから。そこにいて」

 ヒロキくんがわたしを隠すように自分の後ろへ引き、靴を履いてドアを開けた。
 ふわりと、わたしがいつも使っているシャンプーの香りがした。
 冷気が部屋の中の空気をかき回す。

「──あっ」
「後ろで聞いていましたけどね、怪我をされているそうですね。今すぐ救急車を呼びましょうか」
「いらねぇよ」

 乱暴な雅也の声とは対照的にヒロキくんの静かな声は落ち着いていて、雅也よりも年上の男のひとのように感じた。

「大したことないのでしたらお帰りください。寒いですしね」
「なんでお前にそんなことを言われなきゃなんないんだよ。沙保を出せよ」
「無理です。そちらこそ、何しに来られたんですか」
「うるせぇな」
「ご近所さんにご迷惑になります、大きな声を出すのはご遠慮ください。それから、彼女の名前を気安く呼ばないでください」

 ふたりの声にまじって、耳の中でまたいつものガサガサ音が響いた。最近マシになったと思っていたのに。
 左のこめかみあたりが痛む。

「タオルが必要でしたら差し上げます。不要でしたらお帰りください。そしてもう二度とここへは来ないでください。彼女は僕の女です」

 ヒロキくんがピシャリと言った。
 何かもごもごと口の中で言いながら、これ以上待っていても仕方がないと思ったのか雅也は帰っていった。
 それを見届けてから、ヒロキくんが静かにドアを閉めてガチャリと鍵をかけた。
 わたしはその場にぺたりと座り込んでしまった。玄関マットのボタニカル柄をぼんやりと見つめる。

「沙保さん。危なかったね、何もなくてよかった」

 ヒロキくんの声が降ってくる。
 パステルグリーンのブロックチェック模様のタオルを握りしめて、わたしは情けない気持ちで泣きたくなった。

 馬鹿だ。わたしは大馬鹿だ。
 酷いことを言ってきていた相手の言葉を、それもこんな夜中に尋ねてきた相手のことをすんなりと信じてしまうなんて。

 雅也は嘘をついていた。そういうことなんだろう。
 菜里香に刺されたかもしれない?
 そんなわけないじゃない。馬鹿じゃないの。そんな嘘にあっさりと騙されるなんて。

「前に僕があいつの電話に出たあと、あいつから何か連絡があった?」
「ううん……なかった。まさか家にまで来るなんて」


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