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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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理由-5

 照れたように笑う横顔に、わたしはもう一度ありがとうと言った。
 そしてふと、彼に何かトラウマのようなものがあるのではないかと感じたときのことを思い出した。
 彼の心に強く影響したこと──。

「ねぇ、沙保さん。これから沙保さんのおうちに珈琲を飲みに行ってもいい?」
「うん、わたしもそうしたいと思ってた」
「よかった。指輪の写真も撮りたいしね」

 マスカットみたいな香りが夜道に溶け込んでいく。
 わたしは絡めた指にヒロキくんの指輪を感じながら、このひとを悲しませるようなことはどんなことだって避けるようにしたいと心から思った。誓った、と言ってもいいかもしれない。

「指輪の写真、沙保さんも載せてね。沙保さんの友達に見せつけたい。沙保さんには僕という彼氏がいるんだぞーって」
「ふふ、わかった」
「僕と知り合う前から沙保さんと仲良くしてる男の人には特にね。あ、沙保さん。去年の夏に髪型変えたって書いてたじゃん? そのときの写真をこの間見たんだけどね、今後はもっと沙保さんの顔や耳がわかりにくい写真を載せるようにしてほしいなぁって思ったんだけど……」
「え? わかりにくい写真を載せるの?」
「だってさあ、他の男の人に見られたくないんだもん」

 写真にスタンプを押して顔や耳を隠すとかさぁと言うヒロキくんに、わたしは笑って今度からそうするよと答えた。
 ヒロキくんが嬉しそうな声でお礼を言った。
 わたしたちの横を自転車が通り過ぎる。
 明るい色のダウンの背中を見送りながら、わたしはヒロキくんがそうしてほしいならと今の話をしっかりと記憶しておこうと決めた。少しの手間で彼が安心できるなら。

「ほんとうはあんまり他の男の人とやり取りしてほしくないんだけどね、でも沙保さんの前からの友達だしなぁ……って、いつもちょっとモヤモヤしてる。僕、すぐ妬いちゃうからさぁ」
「ごめんね、気をつけるね」
「ううん、僕がくち出しすることじゃないのはわかってるんだけどね。なんでこんなにヤキモチ妬きなんだろうって自分でも困ってる」

 ヒロキくんって、ほんとうに素直なひとなんだなぁとわたしは思った。こうしてはっきりと言葉にしてくれる。ヒロキくんにこんなことを言われて嫌がる女の子なんて、絶対にいないよ。
 そして唐突に思った。このストレートさが、萎縮したわたしの心をほぐしてくれている。
 わたしは絡めた彼の指を愛おしく思った。触れ合っているところからあたたかくなっていくかのよう。
 指輪がお互いを思いあっている証のように輝いている。

「でも今日からは指輪があるからね。沙保さんも同じように薬指に指輪をはめているんだって思うとモヤモヤもちょっとマシになる気がする。彼氏がいるんだって誰が見てもわかるしね」
「うん。ヒロキくんも彼女がいるって一目でわかるね。ヒロキくんのバイト先のお客さんたち、みんなガッカリしちゃうかなあ」
「お客さんたちは僕目当てに店に来ているわけじゃないから、関係ないよー」
「でも、お客さんの中にはひそかにヒロキくんのファンだっていうひとがいそうだけどなぁ。わたしも接客してもらったとき、ヒロキくんの笑顔にいい気分になったし」
「えっ、マジで?」
「うん。天使みたいな笑顔だなーって思ったの」
「てっ、天使?」

 ヒロキくんが素っ頓狂な声をあげる。
 わたしは、ほんとにそう思ったのと言って続けた。


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