〜 水曜日・針責 〜-2
「「ハイ! インチツの奥で理解します!」」
35の口が揃って動いた。 私たちは痛みに対して調教済みなのかもしれない。 でなければこんなにあっさり、教官の言葉に反応できないと思う。 それとも全員脳が麻痺しているんだろうか。
確かにこの『A針』なら、傷が残るどころか、傷つくこと自体もないんだろう。 そのかわり研ぎ澄まされた先端がもたらす痛みの鋭さは、きっと一般的な針を一段上回ってくるんだろう。 痛みで自分自身を苛(さいな)みながら、声をあげず、悶えもせず、淡々と痛みを受け入れろという。
「左手、掌にセット」
「すう〜〜……っ」
抑揚のない教官の声に従い、右手に携えた銃を左の掌に押し当てる。 目を閉じ、胸いっぱいに汗ばんだ教室の空気をほおばる。 そして、止める。 次の号令を待つ。
「撃て」
ピシュッ
「うぎっ……!!」
喰いしばった歯茎は、ごくあっさりと嗚咽を通す。 駆け抜けた痛みは『電流』のような、それでいて遥かに研ぎ澄まされた衝撃だった。 それはそうで、苟(いやしく)も正規の手順で神経を流れた電流である。 偽の電流と違い、身体中が反応した。 直接痛んだわけでもないのに、爪先から頭のてっぺんまで痛みが抜けて、悶えずにはいられない。 横隔膜が痙攣し、断続的にしか息が吸えない。 まるで掌に穴を開けられたような痛み。 ただ、痛覚の激しさとは裏腹に、掌には何の傷跡もついていなかった。
「声は出さない、といったでしょうに……。 全員もう一度。 左手、掌にセット」
「ひっ、くっ……すぅ〜〜……」
悲鳴をあげたのは私を含め大勢いた。 どうやら教官は、整然と耐える以外は行為の重複で応えるつもりらしい。 震える肩を押さえ、なんとか息を整える。
「撃て」
ピシュッ
「……っ!」
二度目。 ほぼ同じ位置に針を打ちこむ。
今度こそはしたない悲鳴を殺すことに成功した。 痛みの種類が分かってしまえば事前に覚悟が出来るというものだ。 覚悟さえ決めていれば大抵の衝撃に耐えられる。
「2番、24番、29番の3名はもう一度。 針を克服するまで何度でも繰り返しますよ。 左手、掌にセット」
教官的にNGを繰り返したのは3人だけらしい。 私の右隣では、おそらく29番だろう、鼻を啜る気配。 視線を転じて教官に叱責を受けるのは不本意なので、あくまで教官を凝視しつつ、隣の様子を気配で伺う。
「撃て」
プシ
「……つぅっ!」
何かが肌を貫く振動。 続いて耳をそばだてて漸く判別できる程度の、短い呻き。
29番たちには悪いが、正直いって隙間時間がありがたい。 私以外が犠牲になる時間がほんの十数秒としても、鋭さに比例して痛みが引く速度が速いせいか、掌がグッと楽になった。
「宜しい。 では改めて全員で。 左腕、上腕二頭筋にセット」
今度は筋肉か。 多核が詰まった筋繊維の隙間に針を埋め込もうとするわけだ。
「すう〜〜……」
痛みの種類は凡そ分かった。 後は腹を括り、教官がいったように大きく深呼吸することで、来る衝撃に備えてみせる。
「撃て」
ピシュッ
「〜〜ッッ!」
繊維を刻む針の鋭さに負けることなく、込みあげる悲鳴を懸命に堪える。 イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、本当っっにイタイんですけどコレ――
――けれどその感覚はあっという間に薄れてゆく。 脳にビシッと亀裂が入ったような感覚さえ耐えてしまえば、その後は蕩けるように痛みが溶けた。 そうして緊張に続く弛緩でぼんやりし、虚ろな瞳を教官に向ける。 私は肩で息をしながら、次の指示に備えるべく銃を構えた。