〜 水曜日・打撃 〜-2
……。
1限と同じ形式だった。 1人の風紀委員に生徒が7人つき、1人ずつ風紀委員から指導という名の罰を受ける。 罰の直前に『お願いします!』と宣言し、罰のたびに吹っ飛んで、そして大急ぎでもとの姿勢に戻り、改めて『お願いします!』と声をあげる。 声が小さかったり、動きが緩慢だったりすれば、風紀委員の匙加減で罰が追加されるというわけだ。
最初は『ビンタ』だった。 第1姿勢をとって直立した私たちの横っ面に、手加減の『て』の字もない平手打ち。 しかも思いっきり振りかぶって加えるのである。 いままでのビンタは、どちらかというと手首の返しで打つ感じだった。 痛みはあったが、顔を張られるというより、肌に弾ける感覚だった。 それがどうだ。 頬に炸裂したビンタが、そのまま顔を薙ぎ払う。 必然的に顔ごと吹っ飛ばされる。 殴られた方向へよろめき、2、3度踏鞴(たたら)を踏んだところで、小走りで元の場所に戻り、張られた頬をかざすのだ。
古人には『右の頬を殴られたら、左の頬を差し出せ』と告げた人があったらしいが、何のことはない。 私たちは右の頬を殴られたら、もう一度右の頬を差し出さなければならなかった。
『お願いします!』
バシッ、ヨロヨロ、慌てて戻り、腫れた頬に構わず顔をあげて、
『お願いします!』
バシッ、ヨタヨタ、慌てて直立姿勢に戻り、べそをかきながら大きく口を開けて、
『お願いします!』
バシッ、思わず畳に崩れるも、涙をこぼしながら大急ぎで立ち、俯くことは許されず、
『お願いします!』
バシッ。 新しいビンタで頬が赤くそまる。 最初の一打でついた手形も、すっかり赤味の中に埋もれてしまった。 ビンタの回数に決まりはあってなきが如くで、私は12回、私の次の23番は9回、その次の24番は15回という具合だった。
ビンタの次は『けつバット』である。 その名のとおり、21世紀に流行った球技に用いたアイダモ製の角材『バット』で、私たちのお尻をかっとばす罰だ。 第1姿勢のままだともんどりうってしまうため、空気椅子の要領で腰を落し、背筋を反らせる。 張り出したお尻に対し、両手でバットのグリップを握りしめた風紀委員が、天に届けとばかり振りぬくのだ。 最初にお尻を叩かれた私は、そのまま5メートルばかり前傾姿勢ですっとび、しこたま畳に突っ伏してしまった。
背骨を通して全身に伝わった衝撃で息ができず、倒れたまま動けずにいると、髪を掴まれ無理矢理立たせられる。 そうして元の場所へ引きずられるなり、間髪入れず第2打だ。 最初と同じか、或はそれ以上にすっ飛ばされた。 痙攣する横隔膜のせいで満足に息は吸えなかったけれど、もう倒れたままではいられない。 必死に起きあがり、バットを握ったB61番の前に戻り、今度はウンと腰を落とす。 重心を後ろに持ってゆき、迫るバットに私からお尻を当てにいった。
ズビシッ。
芯から脳へ通る痛みで鼻の先がツーンとなる。 自分からお尻をバットに近づけているのだから、そりゃあ痛み自体はさっきより数段激しい。 しかし罰直後の体勢はというと、1、2歩進んでしまったものの、転ぶことなく打撃を堪えることができた。 ハッ、ハッと浅く酸素を吸ってから、小走りで元の場所に戻り、ウンとお尻を落とす。 そんな私の耳元で、風紀委員は小さく『合格』と呟いてくれた。 痛みで瞳は充血していたが、それを聞いてホッと安堵してしまったのだろう、更に涙があふれてしまう。 教官がいった『自分の痛みより罰を尊重する』の意味が分かった気がした。
『お願いしまぁす!』
ズビシッ、ハァハァ、本当はこれ以上お尻を虐めないで欲しいけれど、グッとお尻をだす。
『お願いしまぁす!』
ズビシッ、ハッ、ハッ、必死で息を吸い、風紀委員に赤く腫れた尻を差し出す。
『お願いしまぁす!』
ズビシッ、ハァハァ、ビンタの時より声が大きいのは、痛みを何とか紛らわすためだ。
『お願いしまぁす!』
ズビシッ、ヨロヨロ、こけないように、倒れないように。 風紀委員が少しでも私のお尻を『けつバット』しやすいよう心掛けつつ、飛ばされないよう重心を落とす。
回数自体はビンタよりも少なかった。 碌に声も出せなかった最初の2発を含め、8発ぶたれたところで罰は終わった。 私以外の面々も、多かれ少なかれ似たようなものだ。 3発目くらいから声と動きが様になりはじめ、8、9発目で赦されていた。