痕-3
「今日はなんだか眠れない。彼女は眠れてるかなあ」
「イヤホンをつけて『螺旋』を聞いていると、彼女に会いたくてたまらなくなる。俺って、ホントに女々しい。彼女に嫌われたくないから、女々しさにセーブかけてるけど我ながら情けないや」
「そういえば、“俺”に切り替えるタイミングを失ってしまったな。まぁいいか」
「腹減ったなー。コンビニでも行くか。え、雨降ってんじゃん。やめよう」
ヒロキくんがそのときに思っていたことを、目の前にいないのにこうして知ることができる。
便利で、そして少し切ないツールだ。
最後の書き込みは今から三十分程前。
さすがにもう眠っちゃったかな。
ヒロキくんがわたしのことを思っている。
それが嬉しくて、そして同時に寂しかった。
会いたいな。会いたい。
眠れない夜は長い。
幼い頃の夜は時計の音が部屋を満たしていた。
最近の時計は秒針の音がほとんど聞こえない。
こうして横になっているというのに、足に力が入ってしまうのはどうしてだろう。
だらんと力を抜いて休めたら、きっともっと疲れがとれそうなのに。
寝る前に話したことを思い出す。
ヒロキくんのアルバイト先に来た女子高校生の話と彼の中学生の頃の話。
アイドルのシングルCDを買った三人の女子高校生(同じアイドルの同じシングルCDの、二曲目の収録曲が違うタイプ別のものを三人がそれぞれAタイプ、Bタイプ、Cタイプと手にしていたそう)が、帰り際にヒロキくんの写真をパッと撮っていってしまったと言っていた。
その手際の良さにあっけにとられているうちに彼女たちはさっさと店を出ていってしまったらしい。
「えっ、それって無断で写真を撮られちゃったということ?」
「うん。ありがとうございましたーって言っている間にパッと・」
「プロのアイドルの写真はなかなか撮られないから、つい目の前にいたアイドル級の店員さんの写真をぱちり……」
「なんだそれ(笑)変なことに悪用されたら嫌だなあ」
「確かにそうね」
「中学生の頃の話なんだけどね、告白してくれた子にお断りの返事をしたことがあったんだけど、その女の子、どうも今まで男の子から断られたことがなかったらしく、かなり怒っちゃって。ちょっとした嫌がらせをされたことがあったんだ」
「ええっ、何それ。逆恨みってやつ?」
「そんな感じなのかな。いつの間にか写真を撮られていてね、その写真と『ヤリチン』『男もOK』ってコメントをインターネット上に流されちゃったんだ。十代の女の子が集まるコミュニティーサイトの掲示板にね。下品な言葉使ってごめん」
「それは平気だけど……酷いことする子ね」
「ほんと、びっくりした。すぐに別の女子が気付いてそのサイトの管理会社に削除依頼を出してくれたから大したことにはならなかったんだけどね」
モテる男って、大変なんだなぁってその話を聞いて思ったんだっけ。
「僕、童貞だったから『え、そんなふうに見られてるの?』って、びっくりした。発育も遅いほうだったから、声変わりもまだだったんだよ、その頃」
「へえぇ、そうだったんだ。災難だったね、ほんと。でもヒロキくんの子どもの頃の話ってあんまり聞いたことがないから不思議な感じ」
「全然嫉妬しないんだね、沙保さんって」
「ええ? 誰に?」
「いいよ、もう」
ヒロキくんのむくれ顔を容易に想像することができて、わたしはくすくすと笑ってしまったっけ。
ヒロキくんもつられて笑って、今度卒業アルバムを持って行って見せてあげるよと言ってくれた。話したいこともあるから、と。