『Twins&Lovers』-62
「……………」
「1年」
言葉をなくしているひとみに、勇太郎は郷吉に残された時間を告げる。それは、あくまで、病気の進行から導き出される予測だが。
「そう、医者に言われてから2ヶ月が経ったよ」
「そんな……」
つまり、郷吉はその最終病棟に入るため、城南町へ越してきたことになる。それが、やはり偶然のことか、必然がなせるのかは、わからない。
ただいえることは、郷吉に残された時間は確実に減っているということ。
「信じられないだろう? あんなに、傍若無人で元気なじいさんなのに、残されてる時間、たったのそれだけなんだよ? 女の人と見れば、セクハラばっかりして、看護婦さんに叱られて、それでも笑ってて………。医者に、はっきり言われてるのに! もうすぐ、死ぬって、いわれてるのにさ!」
最後のほうは、勇太郎の嗚咽が混じる。彼が、ここまで取り乱す姿は、見たことがない。
不安なのだ、勇太郎は。郷吉が世を去れば、彼が身を寄せる人は誰もいない。ひとりになってしまう。それ以上に、自分が心から慕う家族の喪失は、耐えられない苦痛だ。
「勇太郎……」
「恐いんだ! じいさんのこと、好きだから……いなくなるの、イヤなんだよ!」
解放した心は、魂の嘆き。
今まで、彼にとっての家族は、郷吉しかいなかった。だから、彼が入院によって傍にいなくなってからは、誰かにその心を剥き出しにして泣くことなんて出来なかったのだろう。どうしようもならないことに対して、甘えを吐き出すことができなかったのだろう。恐いものに対して、素直に恐いといえなかったのだろう。そこにある事実を、ただ、受け止めるしかないという現実に怯えながらも。
「勇太郎」
ひとみは、彼の頭を抱いた。静かに、何も言わず、その胸に抱いた。言葉は、ない。きっと、何を言っても、それは真実ではないから。
(勇太郎……)
だから、ひとみは優しく彼を抱いた。何も、難しいことは考えていない。ただ、自分に甘えて欲しいと、そう思った。
出会って二ヵ月、深い仲になって一カ月。しかし、まるで宿縁で結ばれていたような運命を感じる。それは、同じ苗字だったところから始まって――――。
嗚咽がやんでも、勇太郎はひとみから離れようとはしなかった。ひとみもまた、自分から彼を離そうとしなかった。通り過ぎる人たちが、色んな思惟を込めた目つきで二人を見るが、構いはしない。
短い時間が、ただ、静かに過ぎていった。
(少し、弱気になっていたかもしれん)
面会時間が終わり、ひとりになった病室で郷吉は、思う。
(こんなに、生きたいと思ったことは、なかったからな)
医者に余命一年と告げられ、入院して以降、考えていたことは勇太郎の将来のことばかり。ほとんどが、不安に満ちていたそれは、いつしか郷吉に鬱なものを与えていたようだ。
徐々に広がるそんな鬱が、生へ執着する理由を忘れさせていたらしい。誰かのためだけではなく、自分自身のためにもなることを。
(人生は楽しい!)
それが、郷吉の生きる意味だったではないか。そして、その中にこそ、勇太郎の存在があり、“安納郷市”の存在がある。
そう。全ての始まりは、自分の中にあるのだ。
確かに、悲しいこともあった。しかし、それ以上に巡り会えた様々な幸福があった。だから、郷吉にとって、人生は楽しいのだ。
(もう逢えないと思った人にも、会うことができた)
安堂弥生との再会。それが、郷吉の心を最もゆさぶって、生への執着に一層駆り立てる。
(勇太郎、まだまだ、ワシは生きるぞ!)
思いがけない過去との邂逅が、郷吉に更なる生命力を与えていた。