『Twins&Lovers』-169
「郷ちゃん!」
呼んだ。その名を、何度も。ようやく繋がった絆が、また消えようとしている。
「おばあちゃん……」
取り乱したように郷吉にすがる弥生の姿に、ひとみとふたみは寄り添って、やはり涙を流した。
「………」
「………」
弓子も兵太も、何もできない自分たちに苛立ちを感じ、そしてお互いに嗚咽を漏らした。たとえわずかな接点だったとはいえ、そこにはかけがえのない時間があったのだから。
「………え、じいさん、なんだって、じいさん?」
勇太郎が何かを耳に聞きつけた。荒い呼吸の中で、確かに郷吉の言葉を聞いたのだ。
郷吉が口元に視線を落とす。マスクを外して欲しいのだろう。
杉原はすぐに、望むことを許した。おそらく、これが最後だから。
「じいさん……」
「ハァ――――ハァ――――」
必死に命を紡ぐように、呼吸を繰り返す。勇太郎はその呼吸の中にさえ、郷吉の言葉を捜そうと耳をそばだてた。
「あ……ハァ――――…ありが、とう……ハァ――――ハァ―――――」
「じいさん……」
「あ、りが、とう――――あ……りが…とう―――――」
何度も何度も何度も。
この場にいる全ての人間に振りまくように。
「あ、りが……とう――――――あり……がとう――――――」
それが自分にとって、最も伝えたいことばであるように。
「あ、りが、とう―――――――」
何度も繰り返していた。
「―――――」
その呼吸が、止まるまで。
「じいさん?」
何も聞こえなくなったとき、勇太郎はその顔を覗き込む。今までの苦しみが嘘のように、静かな寝顔がそこにはあった。
「郷……ちゃん……」
弥生もまた同じように、本当に眠っているような従弟の顔を見つめる。
だから、信じられなかった。
「………ご臨終、です」
杉原の言葉が。
「…………」
時が止まっていた。誰も、何を問うこともなく、動こうともしない。
「…………」
それを打ち破る権利を持っているのは、郷吉と最も縁深きものたちだけ。
「郷ちゃん! 郷ちゃん! 郷ちゃん! いやよ、郷ちゃん!」
弥生の、慟哭。
「……い、いやだ……そんなのいやだ……いや、だ………う、う、う…うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
勇太郎の号泣。
二人がまるで競うように、その身体に取りすがった。逝ってしまった魂を、引き戻すように。
「起きてよ……起きてよじいさん……いやだよ…いやだよ……う、ううぅぅぅぅ……」
しかし、郷吉は静かに眠るだけで、もう二度とその大きな暖かさで、泣きじゃくっている人々を包むことはしなかった。