『Twins&Lovers』-151
第11話 “ありがとう”
『………
穏やかな時というものは、何とその流れを人に意識させないことだろう。
……否。
気がつけば遠くにある数々の尊い瞬間を、それ、と感じさせないまま過ぎてゆく日常が、我々の感覚を鈍らせているのだ。
そう。気づかないのは我々なのである。
大きな波の訪れを、人は、それが視界に入る寸前まで知ることができない。
幸福に溢れた邂逅であったとしても、
悲哀に満ちた別離であったとしても――――――。………』
「……なんか、難しい本を読んでるね」
勇太郎の部屋に押しかけてきたひとみは、彼の机の上にある文庫を開きながら呟いた。てっきり彼が愛読している<安納郷市>著作の官能小説かと思ったのだが、違っていた。
「ひとみ、お茶だよ」
「あ、ごめんね」
気を遣わせてしまった。
勇太郎が持ってきた盆の上には、一組の湯飲みと大福がある。
「やっぱり、和風ね」
「<とみや>の豆大福。おいしいよ」
「ん……ほんとだ」
それは、さておき。
季節は冬を迎えていた。日に日に寒さは厳しさを増し、風は冷たく吹きつける。昔ながらの安堂宅は、気密がそれほど高くないので、ストーブをつけていても肌寒さが拭えない。
そんな金曜日の、夜の帳に家が覆われた頃、ひとみが訪ねてきたのだ。理由は……まあ、いわずともお察しいただけるだろう。
「………」
「………」
沈黙。
ずず、と茶をすすり、むぐむぐ、と大福を頬張る音のみが、寒さの中で透き通る空気に響いている。
「ねえ、この本なんだけど」
ふいにひとみが、机の上にあった文庫本を勇太郎に見せた。さきほどちらりと目を通した、小難しい内容のそれである。
「読んでみたの?」
「途中開いて、なんだかよくわからない文章だったから、すぐにやめちゃったけど」
「そうかもしれないね。『日常の片言』っていう本なんだけど。正直、僕もわからないところばっかりでさ。ただ、なんとなく共感できる言葉があるから、ちょっとしたときに読んでみてはいるんだ」
ひとみは、そうなんだ、と肩をすくめて再び手にした文庫を戻す。自分にはちょっと向かない本だと思った。
「あれ?」
そしてもう1冊、丁寧にもカバーのついた本が目に入る。
「これも、そんな感じの本?」
「あ……」
勇太郎の呟きが聞こえないまま、ひとみは似たようなサイズのそれを、しおりが挟まれていたページのところで開いてみた。
『………
「あ、んむ……んん……」
「く…お嬢さん……も、私は、もう……」
腰から這い上がってくる凄まじい悦楽に、トオルの意識は白濁している。
とても深窓の令嬢とは思えないミナトの妖艶な舌使い。自分の張り詰めた巨砲を静めるかのように、ありとあらゆるところを慰めてくれるのだが、その行為は火に油を注ぐようなもの。
「く……う、うう……」
トオルの肉砲はますます屹立して、その照準を主家の娘であるミナトの咽喉に定めてしまう。装填された砲弾は実に数億の単位を数え、まさに開放の時を待っている。
ず、とミナトの口内圧が高まった。その瞬間、目に見えぬミナトの口内を照らした発光弾に導かれるように、砲撃手は高らかにその合図を掲げた。
「っっっ!」