『Twins&Lovers』-149
家は、とても長い間捨て置かれていたとは思えないほどであった。よく見ると、改修されているところさえあるではないか。それは全て、郷市と懇意にしていた杉本清次郎の手によるものだと、彼の息子・秀一郎から聞くに至り、弥生は涙を流して故人に感謝した。同時に、亡父の遺徳の深さに手を合わせずにはいられなかった。
周囲の人間に支えられ、弥生と二人の孫娘は、悲しみの果てに、幸せな時間を手に入れることができたのである。………』
「………」
郷吉に、言葉はなかった。それもそうだろう。衝撃的な事実が、弥生の口から語られたのだから。
弥生が産んだという女の子。即ち、自分の娘――――。さすがに弥生は、その娘が自ら命を絶ったということを伏せたが、それ以外は余さず全てを告白していた。
「ワ、ワシは……なんという……」
言葉が上手く続かない。
なにしろ、例えそれを知らされなかったとはいえ、自分の子を身篭り産んでくれた女性を数十年も放っていたのだから。そして、顔も見ないまま、自分の娘が亡くなってしまったという事実も、彼の心をかき乱した。
「弥生……ワシは、ワシは……」
「だめよ、郷ちゃん」
ふいに、弥生は人差し指を郷吉の唇に置いた。その唇から、負の感情が零れないように。
「あなたに知らせなかったのは、私が自分で望んだこと。それに、悲しいことはあったけど、私は幸せだったんです」
「し、しかし……」
「それにねぇ。私が郷ちゃんと一緒になっていたら、勇ちゃんとひとみは出逢うこともなかったでしょう?」
喜色満面で出かけていったひとみの姿。いま弥生は、そんな孫娘の眩しい姿に大きな幸せを感じるのだ。
「………」
「ふたみだって、そうよ」
そして、もうひとりの可愛い孫が、愛らしくおめかししているところを思い出す。
「全ては過去の物語。……ただ、あの二人が、郷ちゃんの血を受け継いでいること……それだけは、知っておいて欲しかった……」
「……そ、そうじゃな。……うん、そうじゃ。あの二人は、ワシの孫娘でもあるんじゃな」
「そうですよ。貴方には、三人も優しい孫がいるの」
「おう、そうじゃ……そうじゃ……」
「絆は……新しい形で紡がれていたのよ」
「……うん、うん」
郷吉は、泣いた。変わらぬ弥生の優しさに触れて、泣いた。
昔語りの内容は、懐かしさを込めた暖かいものばかりではなかったが、しかし、郷吉と弥生の間にあった時空の隙間を綺麗に埋め尽くしてくれた。
それから二人は時を忘れて、今度は、楽しい話に夢中になっていた。
「おーい、轟」
勇太郎は、魂が飛んでいる兵太の前で手をひらひらとさせる。
「ふたみ、なにかあったの?」
姉の問いに、妹は微笑むだけで何も答えない。
「……ま、いいか」
切り替えの早さはひとみの専売特許。というよりも、女の勘で二人の間に何があったのか、察しているのかもしれない。
「なんか、久しぶりに遊んだ気がするなぁ」
勇太郎は大きく息を吐いた。後頭部には、まだ柔らかい感触が残っている。人並みがこちらを伺うように通っていたというのに、ひとみはなかなか自分を解放してくれないので困ったが、回顧してみると、やはり嬉しさの方が顔を出してくる。
「お兄ちゃんも……なんか、ヘン」
ふたみにしっかりと指摘されてしまった。
「せっかくだから、みんなで御飯を食べようか?」
ひとみが提案してきた。魂の抜けている兵太を除き、視線が一斉に彼女に集まる。