『Twins&Lovers』-139
『………
「うっ……」
安堂家を去ってから2ヶ月ほど経ったある日。
父・郷市の知人を介して借りた家に帰ってから、弥生は急な胸のむかつきに襲われた。
「うっ、うぷ………」
込み上げてくるものを、抑えられない。慌ててトイレに駆け込んだ。
「うぷっ、ぶっ、オ、オエェェェ――――――………っっっっ!!!」
ぼたぼたぼた、と胃の中身が口から溢れて、吐瀉物が無残なまでに散らばった。
「は……う、うぶ……オ、オゲエェェ……ゲエェェェ………ゲエェ……」
胃がまるでポンプとなったように、中の空気を口から逆流させる。何度も食道が裏返り、ごぼごぼと口から嘔吐を繰り返した。
「はぁ……はぁ……う、ぷっ…」
沈静したかと思ったら、再び湧き起こる胸のむかつき。
「オエエェェ………」
そのたびに、トイレの便器を抱えるように、その中へ嘔吐する。胃液に溶けた内容物が、水だまりに溢れた。
「はぁ……はぁ……う、う、うっぷ…ウ」
「今、帰ったぜー………ん? 弥生?」
郷市が出版社に原稿を届けて帰宅した瞬間、弥生はまたも嘔吐した。
「オゲエエェェ!!」
激しく声が出てしまった。おそらく、中身がほとんどなくなって、空気しか残っていなかったからだろう。
「弥生、どうした弥生!」
郷市が気色を失い、トイレへと駆け込んできた。すぐにその背中をさすり、苦しげに吐き戻す弥生を介抱する。
「はぁ……はぁ……」
「………」
その惨状を見れば、彼女の苦しみがわかる。郷市は優しく背中を撫でながら、娘に訊く。
「悪いものでも、食ったか?」
首を振る弥生。食中りならば、腹部にも痛みは走るはず。
「……胃でも、弱っていたのか?」
またも首を振る。ついさっきまでは、食欲も旺盛だったし、そんな感じもなかった。
「……まさか」
度重なる嘔吐に疲れ果て、息を荒げて青ざめている弥生を抱えるように、郷市はすぐ、親友の杉本のところへ向かった。
「畑違いではあるが……」
杉本診療所……主に内科を得意とする医師・杉本清次郎は、休診日であるにも関わらず、親友・郷市の頼みをすぐに聞き入れて、弥生の診断を行った。だが彼は、嘔吐を繰り返したという郷市の言葉に、ある可能性を見出しており、それに準拠した診察を素早く終えていた。
その可能性とは―――。
「妊娠の兆候あり、だな」
「………」
とりあえずベッドに弥生を休ませ、郷市と二人になってからそう告げた。
「事情は訊かん」
「あ、ああ……」
「大学病院の産科に知り合いがいるから、紹介状を用意しよう。ヤツは変わり者だが、腕は確かだ。お前とは気が合うと思う」
「すまん」
「なに、昔の恩に比べれば、まだまだ安い」
紹介状を受け取り、郷市は弥生の休む部屋へと戻る。彼女は身を起こしていた。