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『Twins&Lovers』
【学園物 官能小説】

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『Twins&Lovers』-129

「百合子、ご挨拶を」
 そんな少女を優しく皆の前に立たせ、宗太郎は促した。
「あ、あの……泉小路宗太郎の娘で、百合子と申します……」
 か細いが、しかし、美しく透き通った声。深々と頭をそれぞれに下げる粛々とした立居振舞が、聡明な印象をうける。
「………」
 その百合子は、伏目がちながらずっと郷吉の方を見つめていた。それに気づいていた郷吉も、彼女の顔を凝視する。
そのうち、ふと十年前の記憶が蘇ってきた。
「あ……」
 十年前。郷治に連れられて、何処かの集まりに出席したことがある。その頃から腕白盛りの郷吉は、大人たちがたむろする豪華で慇懃な宴席がどうにも退屈だったので、父の目を盗んでその館を抜け出し、広々とした庭園で時を過ごしていた。
 ふと、小さな人影を見つけた。好奇心に駆られるまま近づいてみると、それは自分と同じ年頃の女の子だった。なんだか寂しそうに月を見上げていたのを、よく覚えている。声をかけたら驚いてしまい、泣かせてしまったことも。
 それでもすぐに、二人は仲良くなった。色んな話をするうちに、寂しそうだった女の子は表情豊かになり、声を出して笑うようになった。
退屈を忘れた。しかし、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎる。やがて二人は、自分たちを探す大人たちの声を聞き、仕方なくその場へ戻っていった。
急にいなくなったことに対して、自分は郷治に軽く注意されるだけですんだが、その女の子は、母親と思しき人にひどく叱られていた。それがあまりにヒステリックなため、“また始まった”とばかりに、大人の嘲笑が辺りを包んだ。
嗚咽を堪えるように、静かに泣き続ける女の子が不憫でたまらず、郷吉はその子の前に立ち、母親に向かって、“あんた、自分の子をそんなに笑いものにさせたいのか”と言い放ったのだ。十歳にもならない子供のものとは思えない台詞と態度に、場の空気は静まり返った。
 憤怒の形相で、しかし、自分よりも立場が上である人物の子だけに何もいえないでいたその母親を、慌てたように駆けつけた父親が厳しく静め、その場は収まった。母親とは違い、父親は丁寧な物腰で郷吉に頭を下げると、泣き続ける自分の娘を優しく諭していた。ちなみに、その父親のことが、泉小路宗太郎である。
安堂郷治の息子はなかなか胆の座った人物であるという、その後もちょっとした語り草になった事件(?)だったのだが、当の本人はすっかり忘れていた。
「じゃあ、あのときの女の子が、キミなんだ」
「は、はいっ」
 少女は眩い笑顔を見せた。十年前の話にも関わらず、郷吉が覚えていてくれたことがよほど嬉しかったのだろう。



「さあ、遠慮はいらん」
 郷治と宗太郎が上座に、郷吉と百合子が向かい合うようにして座った。
郷治の帰宅を聞き挨拶に来ていた安堂家に連なりのある人々や、郷治に呼ばれたものか宗太郎の関係者と思しき人々がそれぞれ机を囲んでいる。その場には、郷市も同席していた。
しかし郷市は、当主の実の弟でありながら下座の位置にいる。本家の中にあって、彼の存在はあまり歓迎されてはいないから、こういう寄り合いがあるときは、郷市はわざとその位置に座るようにしている。
弥生の姿もない。こういう寄り合いではあまり良い目を向けられない彼女を慮り、郷市が帰宅させていたのだ。
 郷治も、それはよく知っている。そして、弟の配慮を無にしないためにも、あえてその点に触れようとはしなかった。
「宗太郎君、活躍は聞いているよ」
「恐縮です。お預かりしているものですから、私も必死にならねば、皆に立場がありません」
「まあ、そう固く考えることはない。国内の事業については、ほとんど君に譲渡しているようなものだし、私もそのつもりでいるから、私や安堂の名に気兼ねなどせずに、好きなようにやってくれたまえよ」
「ありがとうございます」
 どうやら仕事の話らしい。
興味がないとは言わないが、郷吉は、取りあえず久しぶりの豪華な食卓に舌鼓をうつことに専念した。なにしろ、郷治の方針なのか普段の安堂家の食事は質素なもので、こうやって寄り合いでもない限りは、並ぶことのない料理もある。


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