『Twins&Lovers』-127
「勇ちゃんから聞きました。お加減、よさそうでよかったわ」
「お、おうさね……」
優しい従姉(あね)の表情。それは、男女の仲だったはるか昔のときから少しも変わっていない。たとえ、老いがその顔に滲んでいても、郷吉にとっては何より眩しい。
「弥生、さん……」
しかし郷吉は、彼女のことをどう呼ぶべきか、迷っていた。
「なにかしら? ……それに、昔のように“弥生”と呼んでほしいけれど……」
「………」
「さすがに、お互い歳を取りすぎたねぇ……わたしも、“郷ちゃん”とは、呼びづらいもの……」
それを躊躇わせるほど多くの時間が、平行線で二人の間を流れてしまったのだ。
「ひとみちゃんに、ふたみちゃんはお元気か?」
話題の入り方としては、妥当だと思った。それに、やはり彼女の家族のことだ。気になる。
「ええ……ひとみはもう、勇ちゃんにゾッコンだし……」
「…ゾ、ゾッコン……」
若いのう、弥生さん。死語っぽいのはまあ置いといて。
「ふたみもね……ふふっ……あの奥手のふたみにも、やっとボーイフレンドができたみたいなのよ。今日、随分とおめかしに時間をかけて、出かけていったからねぇ」
「そうか……それは、なによりじゃの」
弥生に似た、あの穏やかな微笑を射止めたのが、まさか関係浅からぬ轟弓子の息子だとは夢思うまい。
「ふたりとも、幸せになってほしいのう」
ふいに零れた郷吉のつぶやき。少しだけ、沈黙が降りた。
「ねぇ、郷ちゃん」
弥生が、躊躇っていたはずの昔の呼び名で郷吉を呼んだ。懐かしさと同時に、哀しみが互いの胸を突いてくる。
「今日はね、昔話をしにきたの」
「弥生……」
「よかったら……あのときから、貴方がどんな道を歩いてきたのか、聞かせてもらいたいのよ」
「………」
遠くを懐かしむ弥生の瞳。濁りのない、澄んだ色。
「わたしもねぇ……あれからのわたしのことを、貴方に話してあげたいから……」
そして、何か決意に満ちた輝きを帯びていた。その光に導かれるように郷吉は頷くと、静かに昔語りを始めたのであった……。
昔語りのその前に――――。
以前、『憧憬』という形で紹介した物語があった(第5話及び、第10話冒頭部分)。それは、郷吉が<安納郷市>の筆名で、自分の過去をモチーフに書き上げた官能小説なのだが、当然、その中に出てくる人々もそれに準拠している。
少しそれを整理しよう。
『憧憬』の主人公である宏好(ヒロヨシ)とは、郷吉のことであり、その少年が憧れ、念願かなって恋人となった5歳上の従姉・佐織(サオリ)とは弥生のことである。
郷吉の父親は安堂家(本文中・宇堂家)の家長である郷治(本文中・宏治)。弥生の父親は郷市(本文中・宏市)といった。そしてご存知のように、ふたりの父親は兄弟同士である。
郷治は世界を行き来する実業家で、家を空けることが多かった。そこで、彼の弟・郷市が家を預かることになったのだが、彼は兄に遠慮をして、敷地内の隅にあった古小屋を住まいにして、そこで一人娘の弥生と住んでいた。その辺りのくだりは、既に先の方で説明してあるので、ここでは割愛させていただく。
郷吉と弥生が男女の仲となり、その濃密な関係を深めていく中、郷吉の父・郷治が帰国し、ひとりの中年の男性と若い少女を連れて帰宅したその辺りから話を始めよう。