『Twins&Lovers』-100
「……ふたみ、っていうんや」
は、と兵太は息を呑む。
「オカン、そこまで!?」
「アホかあんたは。自分で言うたやないの」
再び、その後頭部を小突く。うりうり、とまるで友達をからかう様に。
「うまくいったら聞かせてな」
そういって、リビングを出て行った。今度は洗濯でもしようというのだろう。相変わらず、まめまめしい家事ぶりである。
本当なら、兵太も何か手伝ってやろうと思っているのだが、
「アホ。ウチの楽しみを、取るつもりか?」
と、いつも一蹴されるのである。文字通り、蹴られて。
思えば、家事にいそしむ母の顔は生き生きしている。それが例え、深夜のことであろうと、数少ない休みの合間であろうと。
3年前に、夫の雄介と死別してからは、その行為になおいっそうの思い入れを込めているようにも見えた。
(オヤジも、逝くのが早過ぎや)
実は兵太自身、父親の記憶が少ない。というのも、彼の父親である轟雄介は、世界中を飛び回るフリーのジャーナリストだったからだ。
その彼が、弓子の所属していた出版社へ出入りしているときに二人は知り合い、ほとんど弓子の押しかけ女房の形で一緒になった。
彼が日本にいた僅かな間に、兵太は産まれたのである。
主に内戦の激しい地域を渡り歩く戦場ジャーナリストだった雄介は、兵太が生まれて1年と経たないうちに、中東地域で起こった内戦の取材のため海外へ旅立った。それは彼の強い意思であったし、そんな彼に惚れていたから弓子も支持した。
以来、兵太が父親と面を合わせたのは、1年に一度あれば多いほうだった。故に、兵太の記憶にある父の姿というものは、物心のついた頃は“おかあさんと仲のいい、知らないオジサン”であり、小学校の頃は“オカンと仲のええ、外国のおもろい話をする髭のオッサン”であり、ようやく父親として認識し始めた中学の頃は“オカンほっぽらかして、外国で大怪我して、死にかけとるアホ親父”というものだった。
兵太の父親は、東南アジア地域で起こった内戦の銃撃戦に巻き込まれ深手を負い、なんとか帰国はしたものの、その怪我によって弱った体が病を併発し、それが癒えることなく他界してしまったのだ。
当時の兵太は、そんな父親の身勝手にも見えるその姿に、ある種の苛立ちを覚えていた。
だが同時に、そんな父親をかいがいしく看病し、ときには笑って傍にいる母親を見て、この二人にある信頼関係の深さを知った。それに比べれば、自分の抱く感情などわがままに過ぎないと、実際年齢からは想像もつかないほどの老成した考えを持つに至ったのである。
そしてなにより、残された親子3人の時間を大切にしたいという強い想いが芽生えていた。
半年という、蜻蛉を思わせるほどに短く、そして、幸せな時間と空間は、今でも兵太にとってかけがえのないものだ。最後を迎えた父親の、あの穏やかな笑顔を忘れることができない。
(お……)
不意に滲んだ目を擦る。
(ワイも、親父とオカンみたいに)
深い愛情で繋がることのできる伴侶を見つけたい、というのは彼の念願である。
そのせいか、兵太の女性に対する関心は、かなり先を見据えたものになっている。つまり、“この人と一生付き合っていけるかどうか”というところまで、初対面の女性に見てしまうのだ。
人当たりのよい彼だけに、前の学校でも女友達はそれなりにいた。しかし、いわゆる“彼氏・彼女”の関係になるような異性はいなかった。
何通か、ラブレターなるものも頂戴してはいたが、やんわりと断っている。その中には、学園でも上位にランク付けされている女子も多数いたので、それをフった彼には一時、男色家の噂も立つほどだった。
(…………)
ソファに背を預け、天井を見、視界にプラチナチケットを入れる。
その向こう側には、文芸部の先輩にして、学年では後輩の、安堂双海のささやかな笑顔が見えた。
(………)
最初の出会いは、電車の中。痴漢にあい、苦しそうに顔をゆがめる女学生。途中で降りてしまったが、そのあと、ドア越しに自分の姿を追いかける、切なさを込めた視線が印象的だった。