〜 個室(33番) 〜-3
「最低でもピアシングかな。 普通は冷やしたピッケルを突き刺して、耳なり乳首なりに穴をあけて、そこに輪っかを通すでしょう。 でもね、Aの指導で使うのって、ただの『穴あけパンチ』だから。 文房具のヤツ、知ってるかなあ、あれでバチンって穴をあけるわけ。 信じられないでしょ」
穴あけ……パンチ……?
あんなものを肌にあてて、皮膚ごと肉に穴をあけるとでも?
「でも、基本的に学園の指導はリバーシブルじゃなきゃいけないから――つまり取り返しがつかない指導はよくないから――ピアシングは滅多にないわ。 一度穴をあけちゃうと、塞げなくはないけど、どうしても時間がかかるしね。 耳や乳首まだしも、くりちんぽやおまんこ、鼻の隔壁なんかに孔をあけたら大変よ。 傷口がドロドロに膿んじゃって、見栄えが酷すぎちゃうこともあるし、最近ほんとに少なくなってるわ、ピアシングは」
傷口……膿む……?
それ以前に、ピアスの場所が鼻や膣……?
「というわけで、一番多いのが『ネイルアート』かな。 アートっていっても、爪の表面をデコるみたいな、そんな馬鹿な想像されちゃ萎えるからやめてよね。 Aが『ネイルアート』するっていったら、足や手の爪の隙間にね、スポイトをぶすっと刺すわけよ」
爪の隙間に……刺す……?
「スポイトの中身は硝酸銀。 爪の奥まで突き刺してから中身をグッとだしたら、スポイトが通った割れ目の周りに銀がついて、真っ黒な柄ができる。 洗ったって爪の下なんだから取れないし、皮下組織がターンオーバーするまで長持ちするから、最低でも1ヶ月はもつわ。 これを5本もやられてみなさい。 最初の1本目で失禁して、2本目で失神して、3本目でまた失禁して……生きてるのがイヤになること請け合いだから」
深爪しただけでも激痛だ。 爪の下に隠れた皮膚は、全身の中でも、最も痛覚が発達した部位の1つだ。 そこにスポイトを刺して、硝酸だか何だか知らないが、入れるというの?
背中といわず顔といわず、全身が汗を吹く。 そんな馬鹿なことが行われているとでも? いや、そんなまさか。 私を脅かしているだけだ。 怯えさせて、意地悪しているだけに違いない。
「他にも『てるてる坊主』や『焼き鳥』、『焼き豚』、色々あって、どれもこれも大概強烈。 あたしだったら何があってもAに指導されたくない。 だから寮の規則は絶対で、先輩にはどんなことがあっても逆らわないようにしてきたんだけど……ね、聞いてる?」
「うう……っ」
聞いていないわけがない。 身体がこわばって反応できないだけだ。
「他人事みたいな顔しちゃってるけど、これって貴方のことよ。 今日のうちに寮長に報告するから、多分明日の食事のときに呼ばれるわ。 今のうちに覚悟くらい決めときなさいね」
「えっ」
「本当はあたしもイヤなんだ。 後輩に面と向かって逆らわれたりしたら、面子が立たないし、あたしだって副寮長に叱られるだろうし。 でも、これからも相部屋な後輩に逆らわれることを考えたら、『額縁』に入れられるくらいは我慢しなきゃ、しょうがない。 二度と先輩に逆らわないように、貴方のことは徹底的に指導して欲しいって、きっちり寮長に伝えるから――」
先輩の口振りは、ウソをついているそれではなかった。 ということは、私は明日、身体に穴をあけられたり、或は全ての爪を貫かれる……!
「――それでいいね?」
ニコリ。 椅子から静かに微笑む先輩に、
「うあああっ! だっ、だ、ダメです! 絶対にいやっ!」
笑顔から対極に位置する表情で私は叫んでいた。
「ぜ、絶対そんな――あぐっ」
ビシッ。 先輩の手元が上下し、私の脇から腹にかけて赤い線が浮かぶ。 椅子に座ったまま鞭を振るうわけで、体重を乗せていないのに、狭い室内で狙いを外さない鞭捌き。
「だったら喚いてないで頭をつかいな」
「頭――ひぐっ」
バシッ。 今度は反対の脇に鋭い痛み。
「かっ、か、け、けっ……」
学園の規則がどうこうだとか、もうそんなことは言っていられない。 この先輩は、怖い。 ムチが痛いとかでなく、根本的に人の痛みを気遣いはしない。 言われる通りにしなくちゃ殺される。 どうにかして先輩の機嫌をとらないと、赦してもらわないと死んでしまう。
「けいこっ……『恵』みに『子』どもで、け、恵子(けいこ)ですっ」
唾を何度も呑み込み、動悸に喘ぎながら、私は名前をはきだした。
と、それまで椅子に座って足を組んでいた先輩が、鞭を束ねたまま立ち上がる。