〜 個室(22番) 〜-3
不思議なことに、ひな先輩の言葉に対しては、憤りや悲しみ、驚きは湧かなかった。 むしろ、ああそうなんだ、と得心がいく自分がいた。
人を無機物に貶める空間。 無意味に耐え、無意味に絶頂し、無意味に肉体的苦痛を与えられる学園の寮として、違和感がないどころか相応しく思える。
「ひなは部屋に戻ったら、『まず靴を脱ぐ派』じゃなくて『靴の埃をとりたい派』です。 だから、あさみちゃんが『足ふきマット』になって欲しいです。 いまみたいに寝そべって、ぼけーっとしててください。 こんな風に――」
「あうっ」
乳房から片足をもちあげて靴をひっかけたと思うと、私の顔を、しかもおでこを踏みつけた。
「顔で綺麗にしてもらいます。 まつ毛でも磨いてほしいから、目は閉じちゃダメです。 あ、ほら、いった傍から目が閉じてる。 そうじゃなくて、開いて、そうそう」
「ぁ、ぁぁ……ぁぅぅ」
おでこを起点にして容赦なく擦り付けられる靴の底。 目を閉じることも許されず、迫力のあまり口をパクパクさせるしかない。
「息は鼻でちゃんとしてください。 じゃないと、鼻息で埃が払えないじゃないですか。 ふーふーってテンポよく、ほら、しっかり息しろってんです」
おでこの次は顔の中心だ。 ゴム底の踵で鼻を踏みつけられ、豚鼻仕様に鼻の頭がひっぱられる。 この体勢で息をしろ、それも勢いをつけて鼻息をしろという。
「……! ふっ、ふんっ、ふんっ、んふっ!」
「おー、あさみちゃん、上手です。 その調子です」
「んふっ、んふっ、んふっ!」
「ふふっ、寝そべって鼻の穴までぺしゃんこにして。 すっごくバカみたいで、いい感じです♪ じゃあ、そろそろ埃はとれたと思うから、お口をあーんしてください」
「はあ、はあ……ああ〜〜ん」
何度も何度も荒い鼻息をついたせいで、息があがっていた。 けれども先輩は踏みつけた足から力を緩めてはくれず、私は頬やら鼻やらをへしゃげさせたまま、言われた通り口を開く。
「声は出さなくていいです。 足ふきマットは喋らないでしょ」
「もっ、申し訳ありませんっ」
「だから、喋るなっつってんです。 黙って口をあけてください」
「ぁ〜〜〜……むぐっ!」
いくら大きく開いたところで、私の口など嵩がしれている。 そこに、先輩は躊躇なく爪先を捻じ込んだのだ。
「埃だけならサッと拭いて終わりにします。 でも、今日みたいに色々あった日は、靴の汚れもちゃんと落としたい年頃なんです。 そういう時は口で綺麗にしてください。 ひなが汚れているところを合わせますから、あさみちゃんは何も考えずに、バカみたいにしゃぶったり舐めてくれればいいです。 しっかり唾をつけて、あ、噛むんじゃなくて、ペロペロって舐めて、吸って。 そうじゃなくて、もっとしっかり舐めないと汚れが落ちないです。 あさみちゃんは足ふきマットなんだから、靴にこびりついたゴミや汚れを、舌でビッチリこそぎとらなきゃです」
顎が外れかける。 遠慮なく爪先が回転し、先端は喉にまで達する。
息ができない。 口から気管へつづく空洞が靴で溢れ、かろうじて鼻から細く息を繋ぎ、私は必死に舌を動かした。 束の間気を抜けば簡単に食事を吐きだしているだろう。 午前中の学園では嫌悪感からの嘔吐を堪えたが、今は物理的な嘔吐をねじ伏せるしかない。