〜 入寮 〜-1
〜 入寮 〜
他人からは『おっとりしている』だとか『優しそう』と言われる。 しかし、自分自身が一番よく分かっている。 自分の本性は評判とは対極だ。 目じりが垂れ、顔が下膨れで、全体的にふっくらしているから優しい印象を与えるだけだ。 包容力なんて無に等しい。 『他人の不幸は蜜の味』と古人がいみじくものたまったように、もがき、足掻く姿にときめいてしまう。
学園を卒業したつもりが、因果なもので、司書として戻ってきて10年を過ぎた。 図書室は17時に閉まるため、これだけでは職域加算が足らず、志願して寮監を兼務してきた。 他の寮監が平均して3年で交替する中で比較的長い間勤めてこられた理由は、寮という閉鎖空間に性分が向いているからだろう。 今では補号を返上して正規の『9号』に序せられ、学園で最も歴史が長い『史性寮(しせいりょう)』を監督する立場だ。 学園のスタッフという地位は過酷で、決して楽な仕事ではないが、社会的には雌職としては相応の待遇がある。 今年もまた、新入生を迎えることで、寮の新しい一年が始まる。
時刻は19時から2分前。 門限ちょうどになって、やっと『補習生徒一名を除き全員整列した』という連絡がB20番から入った。 大抵の担任は初日を早めに切り上げ、スムーズに入寮させようとする。 勿論、クラス全員雁首揃え、入寮手続きが一日で済むよう配慮するものだ。 それなのに、今回は時間ギリギリ。 しかも1名は講習室で補習中という。 初日に補習を入れて入寮手続きを省くなんて、寮監をどう思っているんだろう? 舐めているのだろうか?
自分の寮に入ってくる生徒は、Cグループ2組の35名。 担当は2号。 2号教官といえば、なんでも異例尽くしの進度で正規教官になったと専らの噂だ。 きっと、自分と比べて相当に優秀なんだろう。 能力に自信があるので、寮に遠慮せず放課ギリギリまで生徒を留めたかもしれない。 それかもっと深い理由があったりするのかも。 敢えて生徒をギリギリに余越し、入寮にハードルを設けるべくこっちに賽子(サイコロ)を渡したとか。 2号に意図があろうがなかろうが、どちらにしても、自分的には同じだ。 入寮時の集合如何によって、対応を変えるつもりはない。
寮玄関前にゆくべく、この1年間『椅子担当』を勤めたB12番の尻から腰をあげる。 時にマングリ返し、時に土下座、特に『尻たてふせ』の姿勢で自分の体重を受けとめ続けたB12番は、勢いよく腰を下ろそうとも、逆に腰を上げようとも、ピクリともせず肌色のお尻を捧げるスキルを身につけた。 椅子役を命じた直後、座り心地をよくするために散々固い体を強制的に裂き、ほぐしたことを思い出した。 新しい椅子役の少女の躾には数週間はかかるだろうが、B12番に劣らない名品に仕立てようと思う。
寮の玄関をくぐって外に出る。
刻一刻と闇が迫る中、照明に際立つ少女達。 手を頭に組み、足を開いて脇から股間まで露わにした第一姿勢をとってこちらを注視する肌色の集団だ。 まだ肉づきも乏しく、所々骨格が透ける身体が自分の所有物になると思うと、毎年ながら、背筋につめたい何かが走る。
「寮監様に注目!」
傍らに控えたB29号――寮生3年目で、副寮長を務める――の号令に、背筋を伸ばす少女達。
改めて眺めると、装いとは大切なものだ。 自分は作務衣風に仕立てた校務員の制服を身につけてる。 B29号はBグループ生共通の制服で素肌を覆っている。 片やこれから入寮するCグループ生は登下校服のみで、肌を隠すすべがない。 身分の違いが一目でわかって実にいい。
「こんばんは。 ここ、史性寮を監督する9号です。 みなさんの入寮を心から歓迎します」
ニッコリほほ笑んで、深呼吸。
「講義を担当する方々と違って、私はみなさんに教えることはありません。 直接指導をする機会も、片手で数えるくらいしかないでしょう。 寮の規則は学園ほどではないにしろ、集団生活を営む上でそれなりに厳しいものですが、細かいことは相部屋になる先輩が教えてくれます」
実際には、教えてくれるというよりは、教わらざるを得ないのだが。
「とはいえ、原則はここでしっかり覚えてもらいます。 寮生活の原則は全部で3つしかありませんから、この場で完璧に記憶してくださいね」
寮生活は不条理の連続だ。 理不尽を支える原則自体も例外ではない。
「1つめ。 個人のミスは、集団のミスです。 例えば、貴方たちが時間通りに集まったとしても、たった一人でも集まれないなら、その責任は全員でとってもらうことになります。 江戸時代に存在した『五人組制』と同じことです」
後輩のミスは先輩のミス。 先輩のミスは寮のミス。 寮のミスは寮生全員のミス。 ほんの些細な不始末、例えば着衣の乱れのような不手際ですら、場合によっては寮全員で償わなければならなくなるのが、集団生活の醍醐味だ。
「2つめ。 寮は長幼の序が大切です。 先輩の指導には必ず従うこと。 極端な話ですが、先輩に『屋上から飛び降りろ』と言われたら、飛び降りなさい。 内容の如何を問わず、くちごたえは許されません」