大きなうねり-1
「不買運動？そんなのほっとけ」
シネアートの経営会議。
その席上で桃香の作品が本国で不買運動に会っていることが報告されたが、社長の熊谷は意に介していない様子だ。
桃香のデビュー作は記録的な売り上げを示し、以後一月ごとにリリースされる新作も軒並みそれに迫る売り上げを上げている。
デビュー作では桃香を紹介したに過ぎない、桃香の引き出しは薬箪笥ほどに豊富なのだ。
ロリータ物でも違和感の無い肢体、ある意味人工的に作り上げられた美貌、古から伝わる性戯、強烈な反応を示す感度、秋麗から伝授された皮膚感覚、5年間毎日のように責めに晒されて目覚めたM性、そして数々の肉体改造が男にもたらす快感・・・その一つ一つにスポットを当てればそれだけで一本の作品が仕上げられるのだ。
もはや日本で桃香を知らない男はいないのでは？と思われるほどに話題になっている、そしてそれは当然のように海外にも広がり始めている。
「しかし、あの国はAVの大きな市場ですよ、収益と言う点では打撃ですが？」
最初の報告をしたのは、大胆なマーケッティング戦略を次々と打ち出している吉岡、一流大学を優秀な成績で卒業しながら、『冒険心に富んでいてやりがいがある』と言う理由でシネアートを第一志望にして入社して来た若手社員だ。
その発言とはうらはらに、顔には笑みが浮かんでいる。
「桃香をデビューさせた時点で、と言うか、日本に連れて来た時点でそのくらいのことは覚悟していたよ、日本国内だけでも充分採算が合うだけ売れているだろう？」
「桃香の場合、先行投資が大きかったですからまだトントンではありますけど」
「新作を出せば売れる人気女優だ、これからプラスに転じれば良いだけのことだろう？」
「社長ならそうおっしゃると思ってました、ではこの件は積極的に無視の方向で」
「積極的に無視か、面白いことを言うな」
熊谷は豪快に笑い、会議の出席者全員が満足げに笑った。
そのくらい大胆な社長であり、会社なのだ、それゆえにやりがいもあり、魅力がある。
むしろ、熊谷が『それは困ったな』と言っていたら不満が募っただろう。
しかし、次の会議では、その熊谷も経営陣全体も困惑せざるを得なかった。
報告する吉岡も今回はしかめっ面だ。
「実は桃香の本国の政府なんですが・・・」
「どうした？」
「日本のAV全体を輸入禁止にすることを検討しているようです」
「・・・ウチの作品だけじゃなくてか？」
「日本製のAV全部です」
「そいつはまずいな・・・」
自社のAVだけのことであれば意に介さなかった熊谷だったが、他社にまで影響が及ぶともなれば豪快に笑い飛ばしてばかりもいられない。
それは他の出席者も同じ、もし『頭を抱える音』と言う物があるならば、会議室はその音で満たされていただろう。
「吉岡、何か打つ手はないものかな？・・・」
「いえ・・・この問題はちょっと・・・」
斬新なアイデアを次々と出して来た吉岡も一国の政府相手ではお手上げ、しかもかの国では実質的に一党支配、意思決定と実行は、民主主義的な手続きを踏まなくてはならない日本とは比較にならないくらいに速い、早急に手を打たなければ、他メーカーからの吊るし上げに会うだけでは済まない。
「とにかくしばらくは桃香の作品のリリースは控えましょう、せめてそれくらいの手は打たないと後々問題になります・・・悔しいですが」
「そうだな、致し方が無いところだろうな、他社に恨まれるどころの話ではないからな」
「それにしてもやり方が強引です」
吉岡も憤懣やる方ない様子だ。
「輸入禁止措置の理由が『社会の風紀を乱す恐れがある』ですからね・・・今まで散々日本のAVを輸入しておいて・・・しかも自国作品や他国の作品には何のお咎めもなしですからね」
「建前に過ぎないのは明らかなんだがな」
「狙いは桃香であることは間違いありませんから、桃香作品のリリースをしなければ輸入禁止を実行することはないと思いますが・・・」
「そう願いたいな・・・・俺の認識が甘かったよ、みんな、済まないな」
「いや、ここの誰もが文句はつけられないだろうと思っていましたよ」
「そんなこじつけみたいな理由で輸入禁止までやれるってのは、日本じゃありえませんからね」
「確かに桃香の存在が知れ渡るのはあちらの政府にとってはまずいことでしょうけど、けちを付ければ無戸籍の人間がいることを認めるようなものですからね」
「なりふり構わず、って感じですね」
不満は続出するが、現状、打開策は見当たらない・・・。