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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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知られざる思い-5

 シヅ子は目の前に置かれたウィスキーのグラスを少し奥に押しやり、ケネスの目を見つめた。「わたしな、あんたを産むまでアルバートにめっちゃ負い目を感じてたんや」
「負い目?」
「そや。わたしのやったことは誰が何と言うても許されんこと。アルに内緒で、アル以外の男性に抱かれて気持ちようなっとった自分が情けのうて……」シヅ子は目を伏せて洟をすすった。
「……すでに過去のことや」ケネスが言葉少なに言った。
「アルの誠実な想いを踏みにじって裏切ったわたしを、それでもあの人は大切にしてくれはって、結婚して子供まで授けてくれはった」

 シヅ子は潤んだ目で息子のケネスの青い瞳を見つめ直した。

「ケネス、あんたをお腹に宿して、わたし、ようやく赦された、思たわ。それと同時にこの子を大切に育てたる、って決意さしてもろた」
「何やの、その『決意さしてもろた』って」
「そやろ? アルがわたしに自分の分身でもあるあんたの命を授けたっちゅうことなんやから」
「なるほどな」ケネスは照れくさそうに目を伏せた。
「わたし、その時初めて、神村さんに避妊させなんだことを後悔した。男の人にとって、自分の液をオンナの中に注ぎ入れるっちゅう行為は、あの時わたしが思てたほど軽いこっちゃない。そうやろ? ケネス」
 ケネスは難しい顔をした。「そやな。セックスの時、男としてはできれば避妊なんぞしたくはないわ。本能的に種付けしたい、思うんちゃうかな。それこそオスの本能。妊娠の心配はその次やな」
「やっぱそうやろな。そやからアルバートもそないに暴れたんやろ……」
「まだ一度も自分の種を授けたことのないオンナの中に、自分以外の男のものが注がれたわけやしな。親父にとっては、いわばおかあちゃんっちゅうメスを巡る闘争に敗北した、っちゅうことやからな」

「ほんま、軽率やったわ……」シヅ子は一つ深いため息をついた。「けど、アルバートと結婚して、わたしが子を産む決心をしてからのセックスは、全然別物やったな」
「別物?」
「アルの身体で作られたものがわたしの中に注がれることに、強烈に感じとった。身体の興奮の度合いが違うんや。心理的なもんも絡んどるんやろな」
「ほう……」
「これが本物のセックスや、思た。気持ちよさも、充実感も、全然違うものやった。心と身体が完全に一致した、っちゅうか何も気にすることもあれへんし、後ろめたいこともあれへん。思いっきり開放的になれるっちゅう感じやな」
「ま、そらそうやな。おかあちゃんにとっては親父が本命なんやから」
「アルが言うてた通り、それはきっと『神聖な』行為やったんや。もう抱き合うた二人が絶対離れん、みたいな、何も気にせず全部この人にわたしを捧げます、っちゅうか」
「神聖な行為……そない堅苦しいものなんか?」
「嘘やごまかしなんかない、どっちも本気、っちゅうことや。しかも不倫の本気とはレベルもクオリティも違うで。身体の感じ方も本気やで。もう何度も吹っ飛びそうな刺激やねん。この人といっしょに死んでもええ、っちゅうぐらいに」
 ケネスはくすっと笑った。「おかあちゃん言いながら興奮してるやろ?」
「今でも思い出すだけで鳥肌が立つぐらいやわ。あのアルバートとのメイクラブの日々」
「親父もきっとそう思てたんやろな」
「わたし、その時、ああ、ようやくアルバートとほんまに一心同体になれたんやな、思た」
 シヅ子は幸せそうにため息をついた。

「そやけど」すぐにケネスは顔を上げて、テーブルに置かれたチョコレートの箱を手に取った。そして努めて明るい声で言った。「このアーモンド入りチョコレート売りに出した時に、もうおかあちゃん赦されとったんちゃうかなー、親父に」
「え? どういうこっちゃ?」
「これ、親父といっしょに開発して最初に売り出したオリジナルの製品やろ? 言うたら二人の結びつきの愛の結晶やんか」
 シヅ子は眉間の皺を深くした。「あんたようそないな恥ずかしこと言えるな。真顔で」
「やかましわ」
 シヅ子は小さく笑った。

「そのウィスキー、飲めへんの? おかあちゃん」
「ああ、作ってくれたマユミはんには悪いけど、眺めるだけにしとくわ。もともと飲めへんし」シヅ子はばつが悪そうに眉を下げた。「やっぱりわたしはワインがええな」
「お好きですものね、お義母さん」マユミが小さく口を押さえて微笑んだ。

 シヅ子は懐から今日届いた浅葱色の封筒を取り出して、そっとテーブルに置いた。
「これは?」
「まあ、読んでみ。ちょっと長いけどな」
「誰からの手紙やねん」ケネスはそう言いながら封筒を裏返した。「『神村篤志』? 神村って……」
「あの人の息子やそうな」シヅ子は肩をすくめた。


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