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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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半世紀の時を経て-1

8.半世紀の時を経て

――謹啓
 『Simpson's Chocolate House』の皆様方にはますますご健勝にてお過ごしのことと拝察いたします。クリスマスシーズンを間近に控え、貴店も目の回るような忙しい時期を迎えておられることでしょう。

 さて、いきなり不躾ながらこのお便りを差し上げましたのは、私の父照彦からの強い要望があったからです。本来ならば父本人による言葉でシヅ子様にこの思いをお伝えするべきところですが、父も高齢になり、ペンを握ることが困難な状況。昔の人間故、もとよりワープロの操作などできるわけもなく、息子の私が代筆をしているというわけです。
 ただ、父の今のこの「思い」を貴女に伝えるべきかどうかということについては、彼自身ずっと悩んでいたようです。かつて貴女とは一切コンタクトを取らない、と宣言したと聞いています。父もそのことをかなり気にしていて、最後まで迷っておりましたが、自分自身の区切りをつけるために、最終的には貴女や貴女のご家族に対しての無礼を承知で、このような手紙をお送りすることを決心したようです。
 その上、ここに書いていることは本来父と貴女しか知らない高度にプライベートな内容であるにも関わらず、こうして第三者の私が関わっていることも、貴女を不快にさせる要因になるかと思います。そこはどうか、現在の父の身体的状況や真剣で熱い心情をお酌み取り頂き、お許しをいただきたいと思います。

 先日の日曜日、私は電話で父に呼びつけられ、彼と母が長男夫婦といっしょに住んでいる実家に出向きました。母は息子夫婦に連れられ温泉へ出かけていて、家には父しかいませんでした。
 彼は私にパソコンを持ってこい、と言いつけておりましたので、私は自分の使っているノートパソコンを持って部屋を訪ねました。
 ドアを開けると、父は赤ワインのハーフボトルと格闘しておりました。コルクの栓を開けるのに手間取っていたのです。そもそも字も満足に書けないほどに弱っている父の手で、ワインのコルク栓を開けることなど不可能に近いのです。それでも父は手を貸そうとする私を断固拒否して、長い時間を掛け、ついにそのコルクをぼろぼろにしながらもどうにか開けることに成功しました。
 父がなぜ今まで一度も飲んだことのないワインなんかを部屋に持ち込んでいたのか、と不思議に思いましたが、理由を訊いても、ちょっと飲んでみたかったんだ、と言うばかりでした。
 彼の傍らにはまた、古く煤けた細長い箱が置いてありました。私はワイン同様それも私をここに呼びつけたことに何か関係あるものだと思いましたが、父がそれについて自ら口を開くまでは敢えて訊かないことにしました。
 彼は、座卓に向かい合った私にパソコンを起動させ、これもわざわざ買ってきたらしい小さなワイングラスに赤い色をした酒を注ぎながら言います。手紙の代筆を頼む、と。
 グラスに注がれたワインにはたくさんのコルクのかけらが浮かんでおりました。



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